暑いのではなく「熱い」。梅雨入り前の真夏日ではなく「陸上男子100メートル」が、である。山県亮太(やまがたりょうた)選手が先日、9秒95の日本新記録を出した。日本選手の9秒台はいずれも現役で4人目となる▼「日本短距離の歴史が変わる時かもしれない」。後進の“韋駄天(いだてん)”たちを万感の思いで見つめるのが、1988年ソウル五輪100メートルに出場した栗原浩司(くりはらこうじ)さん(57)=宇都宮女子高教諭=だ▼体格で劣る日本人が、100メートルで戦う厳しさを誰よりも知っている。当時、全盛期のカール・ルイス(米)と2次予選で同じ組となった。「圧倒的なストライドの差など、いかんともし難かった」▼98年、アジア大会で伊東浩司(いとうこうじ)さんが10秒00で走り切った。9秒台への期待が一気に高まったものの、桐生(きりゅう)祥秀(よしひで)選手が突破するまで19年の歳月が流れた▼今月末の日本選手権で五輪代表が決まる。世界との差はどうか。東京五輪が開かれるなら、暁の超特急、故吉岡隆徳(よしおかたかよし)さん以来、89年ぶりの100メートル決勝進出や、400メートルリレーの金メダルも「あり得ないことではないのでは」と栗原さん▼精緻な工芸品の制作に例えられる調整の至難さ、一瞬の動作ミスが深刻な故障につながる恐怖など選手の苦労も痛いほど分かる。「コロナさえなければ…」。果たしてスタートの号砲は国立競技場に響くのだろうか。