県内の古墳は、近畿地方よりもやや遅れて4世紀に造営が始まり、7世紀まで続いた。その数ははっきりしないが、小型のものを含めると数千基とされる▼年代ごとに形や大きさに特徴がある。下野市の甲塚(かぶとづか)古墳は長さ約85メートルの帆立貝形前方後円墳である。先日、リニューアルオープンした「しもつけ風土記の丘資料館」の西500メートルに位置する▼資料館の展示解説図録によると、埋蔵金伝説があったため、明治時代に地域の人たちが総出で後円部の墳頂を四つに分断して探した。その際に盛り土が外にかき出され、埴輪(はにわ)の上に厚く土が堆積した▼2004年の発掘調査でばらばらの状態ながら馬や人物など数多くの埴輪が出土した。堆積土が約100年間、盗掘などから守ったおかげだった。その中に、機織りを行っている女性を表現した埴輪があった▼全国で例がない発見で、現代の結城紬(つむぎ)の織機と構造がほとんど同じことが判明。残った彩色から女性は、白地に赤い水玉模様の上着と、赤く縁取られた白黒の市松模様のスカートを身にまとっていたことが分かった。考古学的な価値が非常に高く、国の重要文化財に指定された▼京都府の専門業者が2年かけて再修復し、資料館中央の免震ケースに展示されている。カラフルな埴輪を見ると、古代の人たちの息づかいが聞こえるようだ。