敗戦直後、旧満州で中国共産党軍に要請され、好むと好まざるとにかかわらず残留した日本人を「留用者」と呼ぶ。多くは技師や医療関係者で中国建国を支えたと、NHK出版の「『留用』された日本人」にある▼すでに他界した小山市の女性も、何も知らず従軍させられ、看護師などとして数年間、内戦の中国各地を転々とした。1999年、同市の女性史発刊に向けた聞き取りで語った▼だが当時「留用」は日本で知られていなかった。歴史的背景が分からぬまま、話を聞いた多くの女性の一人として一端が載った▼編さん委員の有志らでつくった小山女性史研究会が、書ききれなかった戦争体験談を次世代に伝えようと冊子「いのちと向き合った日々」をまとめた。話の背景を丹念に調べ直す中で、女性の数奇な日々が留用だったことに気付いた▼戦争の記録は男性の視点で書かれたものが多いが、女性たちも皆、戦争に翻弄(ほんろう)されながら力強く生きてきた。今回見つけた“新事実”は、地道に学習を続けてきた会員の努力のたまものと言える▼会員は皆60、70代。「親から聞かなかったり学校で教わらなかったりして、実は私たちも戦争を知らない」と毒島惠子(ぶすじまけいこ)代表。体験者の聞き取りが限界を迎えつつある今、資料の奥に隠れた真実を読み解くことが、戦争を伝える重要な鍵となる。