胸まで届く白い顎髭(ひげ)をたくわえた老師の肖像は一体、何人の剣士を見守ってきたのだろう。江戸末期、旧宇都宮藩の剣術指南役として名を馳(は)せた藤田高綱(ふじたたかつな)。古びた写真の表情は穏やかそうだが、鋭い眼光が剣豪の威厳を放つ▼栃木市万町の市剣道場「武徳殿」は1911(明治44)年に建てられ、本県剣道の聖地の一つ、とされる。設立に尽力したのが高綱であり、神棚の脇に肖像写真が飾られている▼木造平屋の道場(延べ床面積164平方メートル)は築110年を経る。耐震補強や修繕が施されているが、将来的な安全確保や維持コストに課題を抱える。市は施設集約化の方針を示しており、重大な岐路に立つ▼市剣道連盟は存続に向けて署名活動を展開し、3週間で市内外6300人の賛同を得た。同連盟の金山哲郎(かなやまてつろう)会長(70)は「波を打ったように見える窓ガラスや、1枚の瓦にも価値がある」と誇る。明治の風情を残す歴史的遺産と言える▼道場は手入れと掃除が行き届く。磨き込まれた床はクッション性があり、剣士のけがを防ぐ。能舞台と同じ構造で、床下には瓶が埋め込まれている。稽古中は足音などと共鳴し、闘志を高める絶妙な効果音となる▼市は当面存続させ、時間をかけて運営方法や負担の面も含めて協議していく。高綱をもうならせる会心の“一本”はないだろうか。