わが家が米国シアトルに長期滞在していた時、キリスト教会の施設で開催されていた英会話教室に夫婦で通っていました。

 キリスト教の教会は地域への社会奉仕の一環として、宗教を問わず米国に最近住み始めた人向けの教育プログラムを、低料金で提供していました。ここに通う中で、英会話の先生である老夫婦と仲良くなり、自宅を訪問するなど家族ぐるみの交流をしていました。

 老夫婦との会話で興味深かったのは、この夫婦が自身の子どもについて、学校には通わせずに家庭で子育てをしたという話題でした。どうしてそんなことになるのかというと、米国社会の文化的な背景に理由があります。

親しくなった老夫婦の自宅へ招待された時の食卓の様子

 熱心なクリスチャンはダーウィンの進化論を思想的に受け入れられないことがあります。そのようなことを教える学校で子どもを学ばせない、つまり家庭で教育をする選択をするのです。そしてクリスチャンの多い米国では、この選択はそれほど特殊なものではありません。

 ただ、これには少し秘密があります。まず、米国ではこのような家庭教育が珍しいものではないため、教育のプロではない家族の手によって学校と同様の学びができるような体系だった学びの教材や方法論がとても発達していて、それを活用しやすいという点が挙げられます。

 また、子どもの社会性をどう育むのかも気になりますよね。それを補うのが、地域の教会のコミュニティーです。クリスチャンは所属する地域の教会があり、週末に必ず集会に参加するとともに、普段から奉仕活動やスポーツ、文化活動などに参加します。子どもたちは学校には行かなくても、教会での集団での活動を通じて社会性を学んでいくことができるのです。

 その思想的判断の是非はさておき、家庭で学んで育ったその3人の子どもは立派に成長し、科学者や企業人になり活躍しています。私は、子どもは学校に行かなくても立派に成長するのだということを彼らから学びました。

 引きこもりや不登校などが社会問題になる日本人の感覚では、学校に行かないというだけで将来の不安がつきまといますが、環境さえ整えば、意外となんとかなるものなのですね。