2014年の34歳の時、仕事を休んで妊活に専念する「妊活休業宣言」をしました。2年くらい考えての決断でした。

 子どもがほしいと思ったのは27歳の頃。結婚して、望めば妊娠できるものだと思っていましたが、2度の流産。仕事で体を張ることが多く、気持ちが落ち着かなかったのです。これは仕事を休んで心も体も健康で、赤ちゃんを迎える準備をしないとだめだと思い、相方たちや当時のマネージャーさんに話し、マネージャーさんが各テレビ局の方たちに相談してくれて実現しました。いつ妊娠できるか、できないかも分からないのに、申し訳ない気持ちが大きかったです。

 不妊治療に入る前にやらないといけないことがたくさんありました。子宮筋腫の手術や甲状腺のホルモン値を正常にするなど。赤ちゃんを授かれる体にする下準備に時間が掛かりました。

 当初、旦那は妊活に対して「忙しいからオレは何も変えないよ」と言うので、私は協力的ではない旦那の秘書なんだと思うことにしました。お伺いを立て、予約は自分の仕事だと。そういう立ち回りにしたら、すごく楽になりました。同じ土俵でやろうとするからイライラする。ちょっと引くと、すんなりいきました。旦那は知らないことへの興味がある人なので、「精子採取はこんなだった」など好奇心を持ってくれるようになり、徐々に妊活に対する姿勢は変わっていきました。

 休業してから、食事を変えました。それまで仕事で夜ご飯を2人で食べることはなく、好きなだけ、好きな時間に食べていましたが、ちゃんと朝起きて和食中心の食事を作りました。

妊活休業宣言をして赤ちゃんを

 神頼みや妊娠にいいと言われることもすべてやりました。落ち込んだ時はやりたいことリストを作り、好きなことをやって気持ちを切り替えました。ストレス発散法はクッションを無言で床にたたきつける。すごくスッキリするし、誰も傷つけないからお勧めですよ。旦那の洗濯物を蹴り上げることもありました。これまた誰も傷つけないし、その後は自分でキレイに畳みます。

 2回目の人工授精で妊娠。うれしい半面、また流産しないかびくびくでした。旦那も気が気じゃないようで、毎回病院に付き添い、流産した週を超えた時は2人で喜び合いました。先生からは「太っちゃだめ」と言われ、妊娠中に許された体重増は4キログラム。本当にきつかった。妊娠後期は歩いてばかりいました。

 15年6月に笑福が産まれました。出産の時、カメラ付きヘルメットをかぶって臨み、テレビでも流れました。私がやってみたい、と言いました。これまで芸人として体を張るシーンの時には必ず頭にはヘルメットカメラがあった。だから、休ませていただいているテレビに恩返ししないといけないと思いました。人に撮影を頼まずに済みますし、ヘルメットカメラを着けての出産、保存用や思い出にみなさんもどうですか。自分の顔しか写ってないですけどね(笑)。でも、自分の顔の表情で「あ、今産まれたんだ」と分かりますよ。

 出産直後は「やっと会えた」とうれしかった。でもその後は、地に足が着いてない感じでした。不安しかなく、早く1歳にならないかなとそればかり考えていました。なぜか1歳をすごい区切りにしていました。