2012年にイグ・ノーベル賞を受賞した宇都宮市出身の栗原一貴(くりはらかずたか)津田塾大教授に、暮らして感じた日米の教育の違いや、子どもの頃に影響を受けたことなどを寄稿してもらいます。
米イエローストーン国立公園で子どもと一緒にヨガをする栗原さん=2019年夏

 私は新しいことを考え、形にすることを仕事にしている科学者です。よく講演などで「このような発想力を身に付けるために、幼少はどのように過ごされたのですか」と聞かれます。

 私は宇都宮市で生まれ育ちました。自然の中でよく遊び、テレビゲームもたくさんやりました。両親は基本的に、愛情深く私と接してくれました。

 ただ、一風変わっていた点として、私のやることに対し落ち度があれば怒られましたが、何かを達成しても褒められることがほとんどなかったと思います。

 こういったことを話すと皆さんは「親に褒められなかったかわいそうな子」という印象を持つのですが、全くそんなことはありませんでした。自分のやることに対し、親は特に良いも悪いも評価しないので、私は親に褒められようとする傾向が全く生まれませんでした。純粋に自分がやりたいと思うことに没頭し、楽しさを見いだしていくようになりました。

 誰かが褒めるからやるのではなく、自分が楽しいと思うからやる。いわゆる外発的動機付けと内発的動機付けの違いですね。自分の活動の動機が自己完結するので、その情熱は消えず長続きしていくわけです。これこそが「好きこそ物の上手なれ」です。

 たまたま私の情熱の対象が、科学的なものだったことは、幸運だったと言えます。何かにとがった人材に子どもを育てるのは、ある種の賭けのようなものですよね。どこにとがらせるかによってその後の人生は左右されますが、将来有望な職能の方向を予想し、なおかつ、その方向に確実にとがらせるのは、どんな親でもほとんど不可能なのではないかと思います。

 それでも、無難であることが安泰を意味しなくなったこの混迷する時代の子育てとして、本人の望む方向にとがらせる教育は、チャレンジする価値があることなのではないかと感じています。

 ちなみに最近、老いた母に「なぜ子を褒めなかったのか」と尋ねたら、「褒めると増長すると思ったので褒めなかった」とおちゃめに告白してくれました。残念ながら母の望むような、慎み深い人間にはなれませんでしたが、その教育方針の副作用として、変人科学者にはなることができ、私が今、ここにいます。

栗原一貴 1978年、宇都宮市生まれ。おしゃべりな人を邪魔する銃「スピーチ・ジャマー」の発明で2012年にイグ・ノーベル賞を受賞した。19年4月~20年3月、客員研究員として米ワシントン大に所属。現在は津田塾大学芸学部情報科学科教授。