集団感染に対応した状況を振り返る横塚副施設長(右)。居室棟全体を感染区域として、対応した=4月下旬、佐野市小中町

 栃木県佐野市の知的障害者施設「とちのみ学園」で1月、新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した。全県的に感染がピークに達し、コロナ病床が逼迫(ひっぱく)していた時期。感染した入所者の入院は困難となり、施設内での療養を迫られた。施設の感染者数は職員6人、入所者47人。職員は、障害特有の困難とも直面しながら収束までの1カ月間、陽性、陰性、軽症、重症者が共同生活する環境で介助を続け、多くの教訓を残した。

 想定外の事態だった。1月11日、県の担当者がミーティングで発言した。「入院は難しい。ここで対応することになります」

 同月7日に入所者の感染が初確認された後、日々感染数が増えた。当初はマニュアルに従い、別棟で感染者らの隔離を試みたが、ほかの入所者の行動が不安定になった。そこにきて「感染した場合は入院」の前提が崩れた。

 段階的にレッドゾーン(汚染区域)を見直した。最終的には、入所者約80人が生活する奥行き約30メートルの男性、女性両居室棟の1、2階全てをその対象とした。大規模な感染拡大を覚悟することを意味した。

 高沢茂夫(たかざわしげお)施設長(71)は当時の状況を「職員が頑張っても感染者が日に日に増えていく。初期はパニック状態だった」と明かした。「万が一の時も施設でみることになる」と保護者に伝えた。

 施設は「病院」の役割も果たした。酸素吸入などの機器を運び入れ、嘱託医や応援の医師、看護師らが居室棟内でできる限りの治療に当たった。

 防護具を常用し、介助と感染防止に努力する職員の心身の負担も重かった。マスク着用や密の回避を理解できず、普段通り動き回ってしまう入所者もいた。職員の高橋靖代(たかはしやすよ)さん(33)は「(入所者を)死なせたくないとの思いだった」と振り返った。

 職員は途中から宿泊施設に寝泊まりした。自宅には帰れないが、家族に感染させるリスクと心の重荷が消えたという。

 感染状況の情報は正確に公表し、回覧板も出した。「(施設に)近寄るな」。当初あった風評や非難は、「何か足りない物資はないか」という地域からの物心両面の応援に変わった。

 収束宣言は2月6日。入所者2人が亡くなった。横塚直子(よこづかなおこ)副施設長(66)は「入院していれば感染せずに済んだ人が、感染してしまったことは確か」と声を落とした。

 だが、仮に入所者が慣れない病院に入院していたら、混乱なく療養できたのだろうか。高沢施設長は今回の経験を踏まえ、「施設内で最善の医療が提供できる設備や、医師など専門家の派遣が絶対に必要。行政の力なしにはできない」との教訓を語った。