沖縄県宜野湾市の市街地中心部にあり、米国の国防長官も危険性を認めた米軍普天間飛行場。日米両政府がその全面返還で合意して今月12日で25年になった▼当時の合意は「5~7年での全面返還」。対米交渉を進めた故橋本龍太郎(はしもとりゅうたろう)首相は発表の夜、「できれば1日でも3日でも、1カ月でもいいから返還の期日を縮めたい」と語った。25年後も返還されていないとは想像もしなかっただろう▼日本政府は代替施設を名護市辺野古に建設するのが返還への「唯一の解決策」とこだわり、工事を強行している。工事は、埋め立て海域で軟弱地盤が見つかり、地盤改良のため、完成までに10年以上かかる見通しだ▼代替施設も当初は将来撤去が可能な施設の建設案だったが、その後、辺野古の海を埋め立てる大規模な基地建設の計画に変わった。結局は、今でも過重な基地負担を強いられている沖縄県民に、さらなる負担を負わせる計画だ▼基地縮小を有識者が検討する「万国津梁(しんりょう)会議」は3月、地域情勢や米軍の戦略も分析し、辺野古移設は「最もあり得ない選択肢」と指摘。工事を中止し、普天間飛行場の運用停止を実現するよう県に提言した▼訪米した菅義偉(すがよしひで)首相はバイデン大統領との首脳会談でも「辺野古移設が唯一の解決策だ」と述べたが、25年も実現していない現実を直視すべきだ。