ぼくとつな語り口で愛された作家立松和平(たてまつわへい)さんは、母親が足尾町(現日光市)出身だった。銅山や鉱毒の歴史に興味を持ち、勉強会を開くようになった。県外の仲間は、煙害で土がむき出しとなった荒涼たる山に絶句した▼それなら桜を植えて来年、花見をしよう-。だが当然のごとく枯れた。土壌を改善して植え直したら翌年、花が咲いた。緑は取り戻せる。輪を広げようと「足尾に緑を育てる会」が発足したのが25年前だ▼新型コロナ禍は会にも打撃を与えた。2千人が集まる春の植樹デーは昨年、中止を余儀なくされ、小中学校生らの体験植樹もなくなった。資金難をクラウドファンディングに救われ、冬を越した▼今年は植樹デーを実施する。コロナ対策で5月22日まで5回に分け、予約制にした。奥に続く松木渓谷はいまだ殺伐とした光景が広がる。立松さんは植樹の成果を「(横綱の)曙(あけぼの)の背中にばんそうこうを貼ったようなもん」と話したという▼会は「千年の森」を目標に、より息の長い活動を通じて環境の再生を目指す。気の遠くなるような話だが「大きな希望を持って続けたい」と会長の秋野峯徳(あきのみねのり)さん(77)▼山の管理ですっかり日に焼けた顔に笑みを浮かべながら、思いに共感する人たちとの再会を楽しみにする。山もきっと、多くの再訪を待っていることだろう。