愛斗君の遺影などが並ぶ自宅リビング。父正則さんは愛斗君の存在を常に感じているという=4月上旬、鹿沼市内

 栃木県鹿沼市樅山町で2011年4月、登校中の児童にクレーン車が突っ込み、6人が死亡した事故は18日、発生から10年となる。悪質な運転を防ぐため、制度や法律は変わったが、遺族の悲痛やてんかん患者の苦悩は消えていない。同様の事故が無くなった訳ではなく、再発防止に向けた関係者の模索は続く。「悲しい事故が二度と起きない社会へ」。切なる願いは道半ばだ。

 事故は運転手の男性元受刑者が服薬を怠ったことによるてんかんの発作が原因だった。元受刑者は持病を隠して運転免許を取得し、何度も交通事故を起こしていた。当時の自動車運転過失致死罪で上限となる懲役7年の判決が下された。

 遺族は運転免許の不正取得を防ぐ制度改正や悪質運転の厳罰化を求め、約20万人分の署名を国へ提出。道交法が改正され、自動車運転処罰法が成立した。だがその後も県内で、持病を隠した運転手による悲惨な事故が発生している。

 また、事故後は病名が一人歩きし「てんかん患者は交通事故を起こす」という誤解や偏見が広がった。国会は法改正時、差別を生じない配慮や医療、福祉、教育など総合的な支援の充実を政府に求めたが、今も果たされたとは言えない。

 亡くなった児童の1人の熊野愛斗(くまのまなと)君=当時(11)=の遺影が置かれた自宅リビングには、あの日背負っていた黒のランドセルなどが並んでいる。

 家族は今でも、愛斗君の分の食事を欠かさず作り、写真の愛斗君も含めた「家族全員」で食卓を囲む。いつも変わらない愛斗君に対し、妹と弟はすっかり大人びた。

 「愛斗の存在を薄れさせたくないんです」と父正則(まさのり)さん(52)。あの日奪われた「当たり前だった幸せ」。熊野家の食卓は、その尊さと向き合い続けている。