大嶋一生市長

 「突然の事で言葉が見つからない」「やりたいことがたくさんあったはず」-。大嶋一生(おおしまかずお)日光市長が死去した5日、関係者からは驚きとともに、若くしてこの世を去ったリーダーの死を悔やむ声が相次いだ。訃報を受け、市内の自宅には弔問に訪れる人たちの姿が見られ、故人をしのんだ。

 同日昼すぎに訃報を受けた生井一郎(なまいいちろう)同市議会議長(67)は早すぎる死に驚いた。市議会閉会前の3月22日朝、大嶋市長から電話があったのが最後の会話だったといい、「定例会の最終日に出られない、と責任を強く感じていた。その時点ではまだ良くなる可能性が残っていると思っていた」と生前のやりとりを思い返した。

 例祭の準備などを通じ、大嶋市長を若い頃から知る日光東照宮の稲葉久雄(いなばひさお)宮司(80)は「病気を克服してくれると思っていた」と声を落とした。「真面目で、市長になっても誠実に取り組んでいた」と話した。

 斎藤文夫(さいとうふみお)前市長(77)も驚きを隠さなかった。「まさか亡くなるなんて。1期目が終わらない中、やりたいことはたくさんあったはず」と悔やんだ。

 大嶋市長のいとこの阿部博美(あべひろみ)県議(60)は、入院後もメールや電話でやりとりしていたという。「連絡が取れていたので、まさかという思い」と言葉をつまらせた。「常に財政が厳しい日光の事を考え、療養中も市政についてずっと話していた」と明かした。

 市は6日から、本庁舎や各行政センターに献花台を設け市民らの献花を受け付ける。