災害公営住宅などが建つ現在(上)と震災9日後(下)の被災地の様子(ともに石巻市の日和山公園から)

 東日本大震災から10年がたった。栃木県さくら市社会福祉協議会が震災直後から継続している災害支援活動が19日、100回目となった。さくら市民と被災者たち。両者の橋渡しとなる活動は、今回で一区切りになるという。宮城県東松島市へ野菜を届け、石巻市経由で戻る行程に同行した。

 市社協の職員鈴木稔夫(すずきとしお)さん(63)運転のマイクロバスが東松島市の住宅に到着した。「やあ、久しぶり」。仮設から災害公営住宅に移り住んだ栗原信一郎(くりはらしんいちろう)さん(84)ら6人が、ゆっくりと歩み寄り、声を掛ける。

 この日は、コメやネギ、トマト、イチゴなどを届けた。さくら市民が提供した野菜を手に取って頭を下げ、「仮設住宅で飲んだ社協の『引き立てコーヒー』にほっとした」と、気持ちを大切にする人たちだ。

 あの日、津波で家は全壊。自身の入院手続きで家を離れ、一命を取り留めた青砥智恵(あおとちえ)さん(83)は「いい思い出を宝にして頑張ろう。思い出は津波にも負けないから」と話した。「長い間ありがとうございました。今後も交流を続けましょうね」と別れを惜しんだ。

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 市社協のボランティアを含めた災害支援は2011年5月、福島県双葉町住民の避難先、埼玉県加須市からスタートした。その後、東北地方での初支援地となったのが宮城県石巻市だ。

 鈴木さんの昵懇(じっこん)で、石巻市社会福祉協議会の阿部由紀(あべよしのり)さん(53)と待ち合わせのため、まちが一望できる日和山公園へ向かった。記者が同公園を訪れるのは、震災9日後の3月20日以来、10年ぶりとなった。

 合流した阿部さんは「当時は3カ月以上無休で、帰宅したのも12月。家を流された仲間の前で、家に帰るとは言い出せなくて」と、ボランティアセンター詰めだった当時を振り返る。続けて「(さくら市社協の)支援回数は尋常じゃなかった。イチゴもおいしいと好評だった」とマスク姿の目を細めた。公園へ徒歩で向かう途中、鈴木さんは「今月で退職する」と報告した。阿部さんは「お疲れさま」と長年の労をねぎらった。

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 100回の活動を振り返った鈴木さんは「さくら市から同行した高校生に、被災者が津波への思いと現状を語ってくれた。これは大きな財産では」と推察する。災害時に限らず、人が一歩踏み出す必要性を若者に示してくれたのではないかと。

 「退職後も東北へは向かうでしょう。『また来てね』と言われていますので」と鈴木さん。長距離運転を終え、バスを下りた。