1980年代後半から90年代にかけて、地価や株価が泡が膨らむように上昇したことをバブル経済と言う。その後崩壊し日本は長い不況に陥った▼宇都宮市土地開発公社は93年に、低廉で良質な宅地の供給を目指して市北西部に「篠井ニュータウン」を計画した。バブルは崩壊したものの依然として地価は高く、家を買えない市民のニーズに応えよう、というのが事業の発端だった▼310区画で、市用地課によると県内の市町レベルでは最大級の規模という。97年に分譲を始めたが、その後は地価全体が下がり続け、ニュータウンの割安感が減ったことや不況で販売は不振を極めた。年間販売4区画ということも度々あった▼値引きを繰り返し、23年かかって先ごろやっと完売した。販売経費や支払利息は増え、31億4千万円の総事業費に対し13億7千万円の赤字だった。民間では到底できない事業である▼当時、篠井地区は市内で唯一の人口減少地区。公的宅地開発のもう一つの目的である地区の活性化に寄与し、人口減少に一定の歯止めは掛かった。隣接する篠井小に通う児童の3分の1は、ニュータウンの児童が占めている▼3代の市長にまたがる懸案事項で計画に甘さがあったとの批判はあるだろうが、地区の衰退を止めた点は評価できる。今では貴重な地域資源の一つになった。