震災をきっかけに漁師の道へ進んだ鈴木さん=5日午後4時10分、福島県浪江町

 「福島の魚が安全って知ってほしい」。浪江町在住の漁師鈴木綾乃(すずきあやの)さん(29)の切実な願いが、胸に響いた。

◇東日本大震災10年特集

 同町内に建つ災害公営住宅。玄関のチャイムを鳴らすと、生後3カ月の長男朝陽(あさひ)ちゃんをだっこした綾乃さんが「久しぶり」と笑顔で出迎えてくれた。

 福島県立双葉高の同級生。会うのは高校卒業以来。地元の友達と地元で会える。それがこんなにうれしいことだったなんて。

 綾乃さんは浪江の沿岸部、請戸(うけど)出身。幼い頃から漁師の祖父や父の姿にあこがれた。でも「女が船に乗るのは縁起が悪い」とされ、祭りの時くらいしか船に乗せてもらえなかった。

 妹と2人姉妹。「じいちゃんが『うちは後継ぎがいない』って言っていたのを聞いて、いつか自分がやりたいって思っていた」

 仙台市の大学に通っていた時、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が起きた。父ら家族は福島市などへ避難した。漁どころではなくなった。

 大学卒業後、栄養士として福島県内の病院に勤務した。でも、漁師になりたい気持ちはどんどん膨らんだ。

 「いつか、いつかと言っていたらできなくなるって震災があって分かった。今、やろう」

 父は反対した。体力勝負で危険を伴う仕事。「だめだ」。「本当にやりたい。後を継ぎたいの」。何度も伝え、ようやく「やってみろ」と認めてもらえた。

 浪江町は当時、全町避難が続いていた。宮城県気仙沼市・唐桑半島で漁師見習いとしてスタートを切った。

 初めての漁。「めっちゃ楽しかった。何やっても楽しくて、全部新鮮で」

 2017年2月、南相馬市から浪江町の請戸漁港へ約6年ぶりに漁船が帰還したというニュースを見た。「自分も帰りたい」。浪江に戻り、気仙沼で出会った漁師の夫と結婚した。出産前まで、父と夫と3人で漁に出た。

 福島県の漁業は漁の日数などを制限した試験操業が続く。「ここに帰ってこられてうれしいけど、思うように漁に出られない」。ヒラメやカレイを捕るが、試験操業で水揚げ量の制限があり、去年からシラス漁も始めた。今は本格操業を心待ちにしている。

 出荷される魚介は国よりも厳しい放射性物質の独自基準を満たしたものだ。「でも福島って聞いたら、食べたくない人がいるのかな」と綾乃さんは淡々と話す。風評被害。ニュースで何十回も聞いた言葉。初めて実感を持って、その深刻さを思い知った。原発事故の影響は現在進行形だ。

 浪江で暮らし、働く人と会い、痛感した。復興は自然と進むものじゃない。関わる人が懸命に動いて、少しずつ前に進むのだ。