昨年9月に開館した「東日本大震災・原子力災害伝承館」。震災当時の様子などを伝えるパネルなどが並ぶ=4日午後2時15分、福島県双葉町

 浪江町から太平洋沿いに車を南へ走らせた。東京電力福島第1原発が立地する双葉町に入ると、ガラス張りの大きな建造物が見えた。

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 「東日本大震災・原子力災害伝承館」。津波にのまれた平地に建つ3階建ての施設。震災や原発事故の記憶、教訓を後世へ伝えようと、福島県が整備し2020年9月に開館した。2月末までに約3万7千人が来館した。

◇東日本大震災10年特集

 展示は「災害の始まり」「原子力発電所事故直後の対応」「県民の想(おも)い」「長期化する原子力災害の影響」「復興への挑戦」の五つのゾーンに分かれている。

 事故前の原発周辺地域の暮らしを伝える展示の中に、母校・浪江中生徒の書道があった。「原子力の利用」と書かれていた。

 この言葉、中学時代に授業で書いた気がする。自分にとって日常の中にあったものが、立派な施設に展示され、人々がガラス越しに見る。不思議な感覚になった。

 事故直後の1週間を当時の映像で紹介するコーナー。「エヴァンゲリオンというアニメの文字の表現に似ているらしくて、皆この場所のことエヴァって言ってます」と同館の担当者。黒色の背景に白や赤色で「震災当日」「1号機原子炉建屋 水素爆発」などと書かれた文字は、確かに「エヴァっぽい」。

 興味を引く工夫と見ればいいのだろう。でも、住民の平穏な暮らしを突然断ち切った事故を、避難を強いられている人が大勢いる状況下で、そんな風に伝えるのか。ふざけているわけではないのは分かる。ただ、事故が「人ごと」のような感じがした。

 「県民の想い」のゾーン。ランドセルが目に付いた。一つは津波で漂着し、形がゆがみ、傷が付き痛々しい。もう一つは、きれいな形のまま。原発事故による長期避難で教室に残されていたものという。原子力災害の残酷さを静かに訴え掛けていた。

 同館では毎日、語り部が自身の体験を語る口演がある。自宅のある浪江町と避難先の宇都宮市を行き来して生活する男性(68)は「事故が風化しないように伝えていく」と、月2回語り部活動を続けている。

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 資料約170点で構成された内容は、震災や原発事故を客観的に把握するのに役立つ。

 でも、この寂しい気持ちは何だろう。展示の中には見慣れた地名や場所がたくさんあった。自分にとって身近なはずなのに、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。

 地震、津波、原子力事故の複合災害-。受け入れることができていなかった。事故は起き、なくなった日常は戻ってこない。分かったつもりになっていた現実。初めて突きつけられた気がした。