東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から11日で10年。構内の除染や線量低減が進む一方、溶融核燃料(デブリ)の取り出し、汚染水対策といった難題が依然立ちはだかり、手探りの廃炉作業が続く。公益社団法人日本記者クラブ(東京)の取材団の一員として5日、原発構内に入り、10年で変わったもの、変わらないものを見た。

使用済み燃料の取り出しが完了した3号機原子炉建屋=5日午後、福島県大熊町(代表撮影)

 そもそも「廃炉」とはどういったものなのか。

 国語辞典には「原子炉の運転を停止し、設備を解体すること」などとある。茨城県東海村の東海発電所のように自ら運転を止め、解体が進むのが一般的だ。

 福島第1原発の場合、地震と津波で事故が起き、停止を余儀なくされた。使用済み核燃料やデブリの取り出しのような通常の廃炉にない難題が残り、作業が長期化することになった。

 政府と東電は廃炉工程表「中長期ロードマップ」で、事故後30~40年を「廃止措置完了までの期間」とする。ただ、それ以上のことは具体的に明らかにしていない。建屋を解体するのか、更地にするのか、廃炉の最終形は見えないままだ。

 工程表では、2021年は1~3号機原子炉格納容器に残る「燃料デブリの取り出しが開始されるまでの期間」に当たる。高線量のデブリ。放射性物質の飛散防止などに配慮しながらの難しい作業になるという。

 2号機で計画していた初の試験的採取は、新型コロナウイルスの影響で専用ロボットアームの導入が遅れ、1年程度延期となった。1、3号機はまだ調査段階。デブリの詳細な位置や状態も分かっていない。

 1、2号機では使用済み燃料プール内の燃料計1007体の取り出しも残る。日々、発生する汚染水や廃棄物対策も付きまとう。残された時間は20~30年だ。

 東電担当者は「この廃炉は前例がない作業の連続。新しい知見を得ながら、ステップ・バイ・ステップでやるしかない」と話した。

 これほどの国家的な困難を引き起こした原発事故の現場が隣県にある。その事実を、10年という歳月の重みと共に改めてかみしめた。