「ふるさと創造学」の一環で、町内の施設を訪れた子どもたち=2日午前2時10分、福島県浪江町

 家の解体作業が進んだり、新しい建物が建ったり。昔と異なる街並みに戸惑い、復興って何だろうと漠然と思っていた。

◇東日本大震災10年特集

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 2018年4月、浪江町立なみえ創成小・中学校が町内に開校した。東京電力福島第1原発事故の影響による全町避難を経て、7年ぶりの町内での学校再開だった。

 事故前、浪江町には小中学校が計9校あり、約1700人が通っていた。

 創成小・中の立ち上げに関わった馬場隆一(ばばりゅういち)創成中校長(58)は「一度、町内は住民がゼロになった。ゼロからのスタートはハードルが高かった」と振り返る。

 開校時、震災発生から7年の月日が流れ、避難先での生活が成り立っていた人がほとんど。馬場校長らは福島県内外の町民宅を訪ね、学校のコンセプトなどを説明した。

 そうして小学生8人、中学生2人を迎え、開校。3年目の現在は小学生24人、中学生6人に増えた。

 子どもたちは震災時、まだ幼かったり、生まれてなかったり。馬場校長は開校当初の子どもの様子について「浪江のことを知らないし、なぜここにいるのという感じだった」と思い起こす。他校の取り組みを参考に、子どもたちが対話を重ねる場をつくるなどし、徐々に打ち解けていったという。

 小山市の白鴎大を卒業後、創成小に赴任した早尾俊太朗(はやおしゅんたろう)教諭(24)=福島市出身=は「浪江は被災地というイメージがあったが、来てみたら他の地域と変わらない素直な子どもたちだった」と明かす。

 地域づくりの面でも、学校の存在は大きい。

 運動会も児童生徒だけでは人数が少ない。住民ら地域を巻き込んだイベントにし、18年度は300人ほどが集まったという。運動会の実行委員会を通じて、地域の各団体や人がつながった。

 震災のことは子どもにどう伝えているのだろうか。

 総合的な学習の時間を中心とした「ふるさと創造学」という授業がある。地域住民、まちづくり団体などと交流し、復興や震災の話を「自然と」聞く機会になっているという。

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 「復興と言うが、昔のようにというのは難しい。復興というより、新しく興る、新興だと思う」。「復興」の意味が分からなくなっていたが、高田英世(たかだひでよ)創成小校長(57)の言葉は、すとんと胸に落ちた。

 一度は人の姿が消えた町。今、校庭で走り回る子どもの姿がある。前浪江町長、故馬場有(ばばたもつ)さんが掲げた「町残し」という言葉を思い出した。町は残った。未来へとつながっている。「新興」の様子を息長く伝えていこうと心に誓った。