ゆきえさんのアルバムに入っていたゆきえさん(左)と友人の写真。民雄さんはまだアルバムを開けずにいる

和也さん(左)と仕事に励む民雄さん。震災から10年。必死で会社を立て直してきた=4日、宮城県岩沼市

那須烏山市の別邸で家族と過ごす時間を大切にしていた古谷さん夫妻

ゆきえさんのアルバムに入っていたゆきえさん(左)と友人の写真。民雄さんはまだアルバムを開けずにいる 和也さん(左)と仕事に励む民雄さん。震災から10年。必死で会社を立て直してきた=4日、宮城県岩沼市 那須烏山市の別邸で家族と過ごす時間を大切にしていた古谷さん夫妻

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、県内で男女4人が犠牲となったほか、本県の大学に通っていた学生も命を奪われた。遺族はあの日を振り返り、万感の思いで10年の節目を迎える。

■「頑張っている」伝えたい 国福大生の娘亡くした沼田さん(宮城)

 国際医療福祉大(大田原市)2年だった沼田(ぬまた)ゆきえさん=当時(20)=は宮城県岩沼市の実家に帰省中、津波の犠牲となった。父民雄(たみお)さん(62)は、ゆきえさんを含む家族5人を失った。「悲しみに浸る余裕もないほど無我夢中の10年間」で、存続の危機にあった廃棄物収集の会社を再興した。娘に伝えたい。「おやじは何とか頑張っているぞ」

 仙台空港から西に約2キロ。4日、民雄さんが経営する「ユアクリーン沼田」に回収ごみを積んだトラックが入ってきた。震災当時、海の近くにあった会社と自宅は「根こそぎ」津波にさらわれた。妻ひろみさん=当時(49)=、両親、祖母も犠牲になった。

■現場更地「思い出大切に」 那須烏山の土砂崩れ 両親亡くした古谷さん(埼玉)

 震災直後に那須烏山市神長で発生した土砂崩れに巻き込まれ、古谷正彦(ふるやまさひこ)さん=当時(79)と妻節子(せつこ)さん=同(78)は帰らぬ人となった。春休みに帰省した孫と農作業に汗を流していた最中だった。

 「趣味を楽しむ芸達者な両親だった。もっと親孝行ができていれば…」。長男の埼玉県上尾市、翻訳業俊彦(としひこ)さん(63)は今も悔やむ。脳裏には10年前の記憶が鮮明に残っている。

 俊彦さんはあの日、自宅から駆け付けた。那須烏山市へと続く道は停電により信号機の明かりすら消え、「車のヘッドライトが一筋に見えるだけ」。不安ばかりが募った。