被災地の魅力発信に力を入れる大島さん。キッチンカーで全国展開を目指している=2月下旬、福島県田村市

 福島の魅力を全国に届けたい-。福島県田村市に移住した宇都宮市出身の大島草太(おおしまそうた)さん(24)は、阿武隈地域の食材を活用した事業に取り組んでいる。

 きっかけは、大学の授業で震災被災地の福島県川内村を訪れたことだった。

 東京電力福島第1原発事故の影響で、一部が避難指示区域に指定された同村。2016年に避難指示は全て解除されたが、村で生活する人は減少した。

 だが、授業で出会った村の人たちは地域での生活に生きがいを感じ、人生を楽しんでいた。「かっこいい大人だな」。マイナスなイメージが強かった震災だが、前向きに過ごす人たちがとても魅力的だった。

 震災当時、中学2年だった大島さんも被災者だ。震災の影響で実家が傾き、住むことができなくなった。修理のため、同級生の家やアパートで1年ほど過ごした。

 高校生の時、被災者支援に取り組むNPO法人の企画に参加し、カナダ・トロントに2週間滞在した。手厚い歓迎を受けたが、「自分が被災者で、お客さまだからかも」とも思った。

 「お客さまではなく、自分の力で生活をしたい」。福島大学に進学後、1年間休学して再びトロントへ渡った。語学学校に通い、結婚式場のキッチンで働き始めた。

 友人もでき、何げない会話の中で福島から来たことを伝えた時だった。「そんなところに人が住めるの」。思いがけない言葉だった。これまでフレンドリーに接してくれた他の友人も“汚い人”を扱うような態度に変わった。

 「福島にはすてきな人が住んでいるのに」。出身でもない福島に誇りを持っている自分がいた。一方で、100%の自信を持って、福島の良さを伝えられない自分もいた。

 トロントの出来事が、大島さんの原動力となった。帰国後、授業で知り合った川内村の人たちと協力し、村の魅力を発信する活動に取りかかった。19年には村産のそば粉を使ったワッフルの販売を開始。全国展開のためのキッチンカーも調達することができた。

 初めは「被災地のため」「復興のため」という気持ちが大きかった。だが震災から10年を迎える今、「被災した各地の魅力を引き出す段階に入っている」と考える。「まずはこの地域を面白くする。それが復興にもつながればいいのかな」

 新型コロナウイルスの影響で、今は思い描いた活動ができずにいる。それでも福島の魅力を載せたキッチンカーが全国を走り回る日を、心待ちにしている。