益子町が茨城県笠間市と共同申請し認定された日本遺産「かさましこ ~兄弟産地が紡ぐ“焼き物語”~」。ストーリーの主要な構成文化財とともに、地域資源の魅力などを紹介する。

重厚なたたずまいの春風萬里荘

 アトリエが点在する「笠間芸術の村」に約300平方メートルのかやぶき入り母屋造りの建物がたたずむ。2月下旬、庭には白い梅の花が咲き、春の息吹が感じられた。

Web写真館に別カットの写真

 春風萬里荘(しゅんぷうばんりそう)と名付けられたこの木造平屋は、陶芸や絵画など幅広い分野で才能を発揮し、美食家としても知られた北大路魯山人(きたおおじろさんじん)(1883~1959年)の住居だった。魯山人没後の1965年、画商で笠間日動美術館創設者の故長谷川仁(はせがわじん)さんが北鎌倉から移築。芸術の村設置の構想が進んでいた時期で、村の中心的施設に据えられた。

 その後、呼び掛けなどに応じた若い画家や陶芸家らが多数入村した。付近は丘陵地帯で、美術館の亀山浩一(かめやまこういち)さん(56)は「夏は涼しいので、制作に打ち込める環境だったのではないか」と推察する。

 館内には魯山人が作った陶磁器などが並ぶ。亀山さんは「笠間焼や益子焼とは違う部分がある。笠間や益子の若い作家にも魯山人の作品を見てもらいたい」と期待した。

 メモ  笠間市下市毛1371の1。入館料は大人700円など。午前9時半~午後5時。月曜休館。春風萬里荘は笠間日動美術館の分館となっている。(問)春風萬里荘0296・72・0958。

 ミニ知識 建物は江戸時代中期のもので、魯山人が昭和初期に北鎌倉に構えた星岡窯の母屋として別の場所から移築した。「春風萬里」は魯山人の造語とされ、笠間に移された際に「春風萬里荘」と名付けられた。館内には魯山人が設計した茶室「夢境庵」やケヤキの「木れんが」が敷き詰められた洋間など魯山人の美意識を感じられるものが多数残されている。