東日本大震災から3月11日で10年を迎える。10年前のあのとき、私たちはどんな体験をし、何を感じたのか―。当時の下野新聞を読み返した。

 2011年3月11日は普通の金曜日だった。11日付の下野新聞一面には、とちのきファミリーランド(宇都宮市)の新遊具が試験運行されたニュース。午前中には県立高入試の合格発表があった。

震災発生直後の東武宇都宮駅前

 午後2時46分。三陸沖を震源とするマグニチュード(M)8・8(のちに9・0に修正)の巨大な揺れは、県内も襲った。下野市の中学校では、体育館の天井ボードや照明設備が次々と落下。「逃げろ」。教師が叫び、生徒は一斉に走った。

 「縦揺れと横揺れがものすごかった。跳ねるような揺れで、無重力のようだった」。男性1人が死亡した芳賀町の工場。様子を語った従業員は肩を震わせた。

2011年3月12日付の下野新聞

 県内は最大震度6強を観測。56万世帯が停電、交通網もマヒし、被害の全容はつかめなかった。12日付一面は、それ以前と以降を大きく引き裂くことになった激震を「東北で震度7 国内史上最大M8・8」の見出しで伝えた。

⇒東日本大震災10年特集