東日本大震災で停電になり、生徒に避難を呼び掛けるはずの校内放送が使えなかった。避難路は窓ガラスが散乱し歩けなかった。「簡単に想定できることがなぜできなかったのか」▼被災地支援団体「ともしびプロジェクト」宇都宮支部などが開いたオンライン講演会で、宮城県石巻市の元中学校教諭佐藤敏郎(さとうとしろう)さんが勤務先での体験を語った。間もなく10年。重い自問が心に刺さる▼次女が通う同市大川小は大津波警報が出たにもかかわらず避難が遅れ、次女を含め84人が亡くなった。なぜ裏山に逃げなかったのか。多くの「なぜ」を問い続けてきたのちにたどり着いたのが「『念のため』の行動が命を守る」という答えだ▼最悪の事態を想定し、たとえ無駄になっても避難すると判断するのは容易ではない。だが教訓を生かさなければ失われた命は報われないし、未来は拓(ひら)けない▼「未来を拓く」とは、津波にのみ込まれた大川小に残った野外ステージの壁画にあった言葉だ。ここを拠点にその意味を発信すべく、活動を続ける▼次なる災害はいつ起きてもおかしくない。「私たちは『災間』を生きている」と佐藤さん。くしくも福島県沖を震源に大きな地震が発生し、多くの県民に震災の記憶がよみがえったに違いない。自分ごととして改めて災害を見つめ、防災を希望につなげたい。