益子町が茨城県笠間市と共同申請し認定された日本遺産「かさましこ ~兄弟産地が紡ぐ“焼き物語”~」。ストーリーの主要な構成文化財とともに、地域資源の魅力などを紹介する。

登り窯が残る建屋前で久野陶園の歴史について語る伊藤さん(左)

 益子と笠間を結ぶ県道1号沿いの里山に抱かれた笠間焼最古の窯元「久野(くの)陶園」。地元の名士だった久野半右衛門(はんえもん)道延(みちのぶ)(1701~82年)が江戸時代後期、近江国信楽から来た陶工の指導で築窯した。後に益子焼の陶祖大塚啓三郎(おおつかけいざぶろう)(1828~76年)が陶芸を学ぶ「兄弟産地」の発祥地だ。

Web写真館に別カットの写真

 昭和40年代初期までたかれた2筋の登り窯、今も現役の「ベルト式動力ろくろ」や歴代陶工が愛用した道具類が残る工場、築300年というかやぶき屋根の母屋。父の故久野道也(みちや)さんの跡を継いだ14代目当主伊藤慶子(いとうけいこ)さん(60)に広大な敷地を案内してもらう。「陶の里」の原点に触れたようだった。

 伊藤さんは益子参考館で2018年2月に開かれた「登り窯復活プロジェクト」に初めて臨んだ。「笠間と益子の作家たちが人間国宝濱田庄司(はまだしょうじ)が愛用した大登り窯で共に汗を流し、作品を焼き上げる。こんな素晴らしい経験はない」。そして思いを込めて続けた。

 「プロジェクトにぜひまた参加し、かさましこの歴史を紡いでいきたい」

メモ 笠間市箱田1804。工場内ギャラリーで作品を販売しているほか、陶芸体験もできる。陶園見学は事前の電話予約が必要。(問)080・5016・6966。

ミニ知識 笠間の土は粘りが強く、焼き上がりも頑丈で長持ちするのが特徴。かつて久野窯は甕(かめ)やすり鉢、湯たんぽを生産していた。笠間市指定文化財の登り窯は東日本大震災で1筋は全壊(後に一部修復)、別の1筋は損壊した状態のまま残っている。