10年前の春、日本社会は深刻な危機の中にあった。東日本大震災。そして東京電力福島第1原発事故。「絶対安全」と言われていた原子炉はメルトダウンし、建屋は爆発し、放射性物質が大量に放出された。

 当時、私は小型の線量計を身につけ、増えていく数字を気にしながら福島県内で取材した。避難所で知り合った第2原発を抱える同県富岡町の元幹部の声が取材ノートに残る。

 「それまでの原子力防災訓練に緊張感はなかった。結局、事故は起きないという『安全神話』の上でやってきたのだと思う」

 「私たちは受けてきた恩恵では割に合わないほど多くのものを失った。これからは大きな負の遺産と、半永久的に付き合わないといけない」

 多くの被災者を代弁する重い言葉としてメモを取ったことを、昨日のことのように覚えている。

 あれから10年。国内ではエネルギーを巡る論議は下火になり、多くの原発が存続した。あの日の教訓を、社会は生かせているだろうか。コロナ禍の中、震災の話題はかすみがちだが、しっかりと紙面で取り上げていきたい。