アトランタ五輪日本代表と米国代表との練習試合で、バッテリーを励ます川島監督(左端)=1996年7月、ミリントン(共同)

 栃木県出身で4人目となる野球殿堂入りを果たした佐野市出身の川島勝司(かわしまかつじ)氏(77)。監督として都市対抗大会で3度優勝し、1996年のアトランタ五輪で銀メダルを獲得するなど、アマチュア野球の競技力向上に尽力したことが評価された。通知式にオンラインで出席した川島氏は「殿堂入りするのは雲の上の人と思っていた」と喜びを語った。

 川島氏は野球殿堂の特別表彰委員会で、殿堂入りに必要な「有効投票(14票)の75%」を超える13票を獲得。本県出身者では59年の青井鉞男(あおいよきお)氏、69年の島田善介(しまだぜんすけ)氏、2009年の君島一郎(きみじまいちろう)氏に続く快挙となった。

 通知式で野球殿堂博物館の斉藤惇(さいとうあつし)理事長から通知書を読み上げられた川島氏は、「数多くの教訓を学ぶことができた」と自身の野球人生を回顧。思い出の一つとしてアトランタ五輪を挙げ、「予選落ちの窮地から、選手たちの頑張りで無事メダルを持って帰ってこられた。決勝のキューバ戦での松中(まつなか)(信彦(のぶひこ)=元ソフトバンク)選手の同点満塁本塁打では、これまで感じたことがなかった感動が身を包んだ」と感慨深げに振り返った。