「人間はしばしば、敬愛する者より、恐怖を感じる者の方に服従するものである」。ルネサンス期の名著「君主論」で知られる政治思想家マキャベリの言説だ。日本大アメリカンフットボール部の悪質な反則問題を巡り、この言葉を思い起こした。

 「つぶせ」の真意について、記者会見で経緯を具体的に証言した選手に対し、指導者側は認識のかい離を主張した。ならば、かい離を生んだのは何か。

 部員間で理不尽な指導の標的になることは「はまる」と表現され、おびえたという。精神的に追い詰める手法は、部内に絶対服従の風土を醸成し、恐怖心で束ねられた統率だった。指示の解釈論で済ます指導者の意識こそが選手とのかい離だろう。

 レスリングのパワーハラスメント問題も、指導者が自らの権力や権威に、あまりにも無自覚だったことが起こした不幸だったように感じる。

 マキャベリはこうも論じている。「人間は自分を守ってくれなかったり、誤りをただす力もない者に対して、忠誠であることはできない」