被災農地に大豆を転作した伊藤さん。水が引けなくなったため、ここでの稲作は断念した

 昨年10月の台風19号で大規模な冠水被害を受けた大田原市北大和久、宇田川を中心とする千丈橋下地区。あぜなどの復旧工事が一部で続くほか、農業用水を川から取水する施設も復旧していない。被災農地の9割以上は、今年のコメづくりができなかった。良質なコメの産地として知られる同地区の農家は、減収分をほとんど補えず、被災から苦しい1年を過ごしている。

 「水田自体は稲作ができる状態でも、水が引けなければどうしようもないね」

 雑草が生い茂ったままの被災農地を眺め、宇田川、コメ農家伊藤優(いとうまさる)さん(66)は無念さをにじませた。

 台風では、北大和久の蛇尾川で、堤防が約150メートルにわたり決壊。濁流が押し寄せ、同地区の水田計66ヘクタールのうち40ヘクタールが冠水、農家72戸のうち44戸が被災した。

 1年が経過しても、一部の水田ではあぜや用水路の復旧工事が完了していない上、堤防にある取水施設の頭首工も損壊したまま。冠水被害だけにとどまった水田でも、稲作ができない状況となっている。

 伊藤さんは減収分を少しでも補おうと、冠水した水田約5ヘクタールのうち約3ヘクタールを約1・5ヘクタールずつウドと大豆に転作した。しかし「この辺は土壌の排水性が悪く、畑作物への転作はなかなか難しい」。大豆は湿害により、半分ほどは種が腐ってしまい育たなかった。

 それでも、もともとウドなどを別の農地で栽培していることから、ノウハウを生かして転作に挑戦できたという。伊藤さんは「コメの単作経営をしている人だと、転作自体が難しかったのでは」とおもんぱかる。

 水田約40アールを被災した同所、佐藤信夫(さとうのぶお)さん(68)は、そうしたコメ単作農家の一人だ。この1年のためだけに設備投資をして、今まで作ったことがない畑作物を一から手掛けることは考えられなかった。「減収分は泣き寝入りするしかなかったね」と打ち明ける。

 頭首工は現在、12月中の工事発注に向け調査設計をしている段階。市担当者は「防災上、堤防の復旧を最優先に進めた。頭首工は来季の稲作に間に合うよう復旧させたい」としている。

 ただ同地区には、水田の復旧工事の調査設計費用に数百万円の負担が生じ、農家の土地改良区組合費は倍以上の増額となる。今後、頭首工工事の同費用も追加負担になるという。

 伊藤さんは「数年間は増えた組合費の支払いに追われそうだ。新型コロナウイルスの影響でコメの需要低下や収入への打撃も心配」と漏らした。来年「米どころ」として復活できたとしても、農家の苦悩は続く。