霞堤の仕組み

 国は豪雨災害対策として、那須烏山市下境地区の那珂川で、堤防に開口部を設けた「霞堤(かすみてい)」の整備に向けた動きを進めている。霞堤は昭和40年代頃までに全国的に用いられた伝統的な治水法で、国交省関東地方整備局によると、新規の建設は全国で約50年ぶり。2024年度までの完成を目指している。同地区では、那須烏山市が防災集団移転促進事業の導入を検討中。豪雨被害を流域全体でいかに抑えるか。同市で減災に向けた模索が続く。

 那珂川と荒川の合流点から下流に1キロほど。山に挟まれ、川幅は急激に狭くなる。「合流したのにこれしか川幅がない。どうしても地形的に水が流れず、下流から水がたまってあふれるんだ」。那須烏山市下境自治会の小室信行(こむろのぶゆき)行政区長(70)が対岸を見詰めた。

 下境地区は台風19号で下流からあふれた水と上流から越流した水に挟まれ、一帯が湖と化した。1986年の茂木水害、98年の那須水害でも被害を受け、19号では浸水範囲がさらに広がった。小室さんは「今より安全になるなら、早く霞堤を整備してほしい」と望む。

 霞堤は、堤防をあえて途切れさせて、開口部を設ける治水法。洪水時には開口部から水が流れ出て、下流の水量を減らす。河川の水位が下がると自然に戻る。上流で堤防が決壊した場合は、下流の開口部から氾濫水を河川に戻す機能もある。古くは戦国大名の武田信玄(たけだしんげん)が用いたとも言われる。

 宇都宮大地域デザイン科学部の池田裕一(いけだひろかず)教授は「地形的に霞堤の効果が見込める地域。水をうまくいなしてしのぐ手法は、今後の防災で重要」と話す。

 一方、長野県千曲市によると、台風19号では千曲川に設けられた霞堤の想定を超える水が市街地に流入し、大規模な冠水を招いた。

 国交省下館河川事務所によると、県内の鬼怒川にも1931年から66年にかけ、22カ所の霞堤が整備された。池田教授は「当時に比べ、河川の安全度が増して霞堤まで水が来ることがなかったため、存在が知られていない面がある。行政も住民も既存の霞堤の機能や豪雨時の対応を再確認する必要がある」と指摘する。

 那珂川を管理する国交省常陸河川国道事務所は今月中にも、住民向けの説明会を開く方針。「丁寧に住民の理解を得て測量に入っていきたい」としている。