終戦の1カ月前、軍都宇都宮は空襲で620人以上が命を落とした。「今取り組まなければ生き証人がいなくなる」。21世紀を目前にした1999年、当時の増山道保(ますやまみちほ)市長の大号令で宇都宮市の戦災記録保存事業は始まった▼調査団は市民らを対象に膨大な聞き取りを行い、米軍の資料などもつぶさに調べた。2年間の調査を踏まえ発刊されたのが「うつのみやの空襲」である▼「市が本格的に取り組んだからできた」と、責任者を務めた同市文化財保護審議会委員の大嶽浩良(おおたけひろよし)さん(75)。戦争の悲惨さを語り継ぐ時、報告書は欠かせない存在となった▼20年の時を経て、市長の危惧は現実のものになりつつある。宇都宮以外の市町も空襲に遭ったり、住民が苦しい生活を強いられたりしてきた。そうした記憶は風化が進む▼先月、下野市の広瀬寿雄(ひろせとしお)市長が市議会で、旧国分寺町が狙われた小金井空襲について「資料の収集を進めたい」と意欲を示した。戦後75年。県内で宇都宮に次ぐ規模だったにもかかわらず、合併もあり、資料を持っていないという▼体験者の年齢を考えれば、話を聞く最後のチャンスだろう。戦争は広島など遠くで起きた悲劇ではない。他の市町も身近な事実をいま一度発掘して後世に伝えたい。それが、過ちを繰り返さないために課せられた行政の使命ではないか。