最上修二の日記を手にする橋本校長(右)と最上恵美子さん=今月中旬、宇都宮市駒生町

故最上修二氏

最上修二の日記を手にする橋本校長(右)と最上恵美子さん=今月中旬、宇都宮市駒生町 故最上修二氏

 結核の治療に生涯をささげ、本県初の病弱特殊学級(当時)の開設に尽力した国立療養所宇都宮病院の2代目所長、故最上修二(もがみしゅうじ)氏(1901~74年)の功績を残そうと、県わかくさ特別支援学校の橋本伸一(はしもとしんいち)校長(60)が足跡をたどっている。橋本校長は新型コロナウイルスのまん延と重ね「感染症は差別と直結し、いつの時代も共通する。療養所は全国から消えたが、歴史的な事実として残す必要がある」として関係者を探している。24~30日は結核予防週間。

 最上氏は秋田県大曲市(現大仙市)出身。東京医科大の前身の東京医学専門学校卒業後、初代所長の結核専門医石川友示(いしかわともじ)氏を慕って宇都宮市に移り住んだ。軍医として旧満州(現中国東北部)に出征中の1945年7月、宇都宮空襲で2人の息子を失い、46年には石川氏が結核で他界。その年に復員して所長を継ぎ、72年には名誉所長に就いた。