犠牲者の冥福を祈る遺族

 小金井駅や列車が米軍機の銃撃を受け31人が亡くなった「小金井空襲」から28日で75年。下野市の同駅西口の慰霊碑「平和の礎」前で遺族らが犠牲者の冥福を祈った。

 今年は新型コロナウイルスの影響を考慮、毎年行われてきた関係者を集めての大規模な慰霊祭を中止。実行委員会の役員や遺族ら14人が参列して焼香し、平和への誓いを新たにした。

 星野平吉(ほしのへいきち)実行委員長(69)=小山市=は「コロナの感染拡大でいつもと違う形になったが、これからも小金井空襲を伝える役割をしっかり果たしていきたい」と話した。

 毎年参列している小山市の板子仁一(いたこじんいち)さん(88)、花枝(はなえ)さん(84)夫妻は、同空襲で4人の肉親が亡くなった。仁一さんは母親と乳飲み子だった妹、花枝さんは母親と兄。仁一さんは「だんだん忘れられてしまうと感じている。妹が生きていれば75歳。老人会に入る歳になる」と亡き妹を思いやった。

 銃撃を受けた列車に乗っていて、小金井空襲の史実を世に伝えた梁昌子(やなまさこ)さん(85)=宇都宮市=は「車両の中は地獄でした。戦争は絶対にだめです」と力を込めた。