復興のシンボルとして市民に親しまれる大イチョウ

宮崎駿監督が疎開していた家

宇都宮空襲の跡を巡るコースマップ

藤長恵一さん

北條園子さん

復興のシンボルとして市民に親しまれる大イチョウ 宮崎駿監督が疎開していた家 宇都宮空襲の跡を巡るコースマップ 藤長恵一さん 北條園子さん

 太平洋戦争末期の1945年7月12日午後11時19分。115機のB29爆撃機が軍都・宇都宮を襲い、大量の焼夷(しょうい)弾を投下して620人以上の尊い命を奪った。米軍は軍需工場で働く労働者の住宅を破壊し、戦意を喪失させる目的で市街地を標的としたとされる。県内最大の戦禍となった宇都宮空襲から75年。「うつのみやシティガイド協会」の案内で市中心部に残る戦跡を歩くと、平和への声なき訴えが聞こえてきた。

Web写真館に各所の写真

(1)枝病院門柱

 市街地の大半が焦土と化した中で焼け残り、「戦争の悲惨さを忘れまい」と大切に残されている枝病院の門柱。

(2)カトリック松が峰教会

 1932年に完成した松が峰教会の大聖堂は、空襲で礼拝堂の屋根と2階の床を焼失した。礼拝堂の壁に焼け跡が残る。

(3)宮崎駿疎開先

 「あずき坂」を上る途中の路地裏には、アニメーション映画の宮崎駿(みやざきはやお)監督が幼少期に疎開していた家が焼夷(しょうい)弾の被害を免れ、残っている。

 宮崎監督の作品には、この家の雰囲気と似た場面が多い。「となりのトトロ」でサツキとメイの姉妹が見上げる階段も、その一つ。

 趣のある古民家は現在、「ギャラリー絆和(はんな)」として活用され、19日まで那須町在住のイラストレーター米倉万美(よねくらまみ)さんの作品展が開かれている。

(4)大イチョウ

 空襲で真っ黒に焼けた大イチョウは、枯れてしまったと思われていたが、翌春になると新芽をふき、見事に復活を遂げた。その強さは、焼け跡に残された市民を勇気付けたという。

 宇都宮城の三の丸と百間堀の境の土塁の上にあった同城ゆかりの名木。樹齢は推定400年以上で、1957年に市天然記念物に指定された。

 戦後復興のシンボルとして市民に親しまれてきた大イチョウは今も雄々しくそびえ立ち、宇都宮の街を見守っている。

(5)善願寺

 善願寺は戊辰戦争と宇都宮空襲により、薬医門をはじめとする堂宇(どうう)を焼失した。1735年に建立された銅造廬舎那仏座像(るしゃなぶつざぞう)だけが2度の戦火に耐え抜き、穏やかな表情を今に残している。

(6)林松寺

 1926年に造られた大谷石塀に空襲の焼け跡が残る。禅宗の寺で使われた「火灯窓(かとうまど)」をかたどった模様の林松寺の石塀は、黒ずんで所々が剥がれ落ち、炎の勢いのすさまじさを物語る。

(7)旧篠原家住宅

 篠原家は江戸時代後期から、しょうゆ醸造と肥料販売、小売業を営む豪商だった。醸造蔵や米蔵などを空襲で失ったが、母屋と石蔵3棟は焼け残った。母屋と石蔵1棟は大谷石と黒しっくいを使い、防火に優れた建物とされている。

(8)妙正寺

 妙正寺は空襲で伽藍(がらん)を焼失した。1942年10月に戦死した那須弓雄(なすゆみお)陸軍中将の墓がある。

(9)清巌寺

 戦火を免れた清巌寺の本堂には、焼け出された多くの人が収容されたという。寺にある子育て地蔵尊は空襲前年の1944年に金属回収で供出され、長らく台座だけの状態だったが、1995年に復元造立された。

(10)二荒山神社の防空壕

 赤門通りから眺める二荒山神社東側の擁壁に、防空壕(ごう)として使われたとみられる穴が一つ開いている。

 辺りに生い茂ったつる草をかき分けると、穴の側面は、茶褐色や黒のごつごつとした岩に覆われていた。

 入り口は高さ約1メートル。腰をかがめて入ってみると、穴の中の空気はひんやりと冷たく、大人10人は入れそうなほどの奥行きがあった。戦時中は、こうした防空壕が街のあちこちに掘られていた。

(11)浄鏡寺の薬師如来

 空襲で焼けた大ケヤキを素材にして作られた薬師如来は、空襲の傷痕を伝える貴重な史料として浄鏡寺の大広間に保管されている。

 当時、大ケヤキは宇都宮市中央3丁目にあった市庁舎前にそびえ立ち、宇都宮のシンボル的存在だった。しかし、空襲で無残に焼け焦げ、市が資材として市民に払い下げた。東京から疎開していた神原順三(かんばらじゅんぞう)氏が一部を買い取り、平和への願いを込めて市内の著名な仏師に彫ってもらったという。

 神原氏の逝去後、遺族が「彫った方に返そう」と仏師のもとを訪ねたが、他界していたため、仏師の菩提(ぼだい)寺である同寺に寄贈された。薬師如来は黒ずんだケヤキから浮き出てきたようにも見え、平和を願い、静かにほほ笑んでいる。参拝希望者は事前連絡が必要。

~案内役のシティガイド協会から~

藤長恵一(ふじながけいいち)さん(69)=イベント企画部会長

 「戦後75年の節目に作った新しいコースで、戦争の悲惨さと平和であることの喜びを感じられます。ぜひ歩いてみてください」

北條園子(ほうじょうそのこ)さん(66)=イベント企画部副部会長

 「平和のありがたさを実感します。中心市街地には宇都宮空襲の跡が今なお残されているので、次の世代にも伝えていきたいです」