大橋由紀夫さん(左)、大橋文子さん

 ホッケー男子日本代表として活躍している、「リーベ栃木」の大橋雅貴(おおはしまさき)選手(27)。父由紀夫(ゆきお)さん(56)と母文子(ふみこ)さん(54)に子育てを振り返ってもらった。

兄妹と記念撮影する雅貴さん(中央)

 由紀夫さん 雅貴は3きょうだいの真ん中、次男として1993年に生まれました。この年は天皇陛下と皇后の雅子(まさこ)さまがご結婚され、大相撲では大関貴(たか)ノ花(はな)が活躍していた時期でした。「雅」や「貴」の意味を調べて、相手を大切にでき周囲から尊敬される人になってほしいという思いを込めて名付けました。

 幼い頃は2歳上の兄を追って、とにかく元気に動き回っていました。当時自宅にあったソファやブラウン管テレビによじ登って飛び降りたりしていました。男の子なのでいろいろな経験をさせたいと、スイミングや野球、ゴルフ、サッカーを試したことも。私もゴルフをやっているので、自分のやっている姿を見せて一緒になって遊んでいましたね。

 文子さん ホッケーとの出合いは、雅貴が小学2年生の時。長男が4年生になり、同級生は野球やサッカーのスポーツ少年団に加入していましたが、長男と仲良しの友達たちは「練習がきつそう」と入部を渋っていました。

 今市地区はホッケーが盛んというのは知っていましたが、雅貴たちの通う小学校や中学校にはホッケー部はありませんでした。長男の友達が別の小学校でホッケーを習っていることがきっかけでホッケー部を立ち上げることになり、雅貴も一緒に参加することになりました。

大橋雅貴さん

 由紀夫さん 知り合いを頼ってホッケー経験者に指導していただくことになり、私も指導者講習を受けながら学んでいきました。練習は週2~3回でしたが、長男や雅貴の仲の良い友達が集まったチームだったので、遊びの延長にホッケーがある感じでした。

 チーム内でけんかすることもありましたが、私は子どもたちを怒ることはしたくなかったので、子どもと同じ目線に立って話すことを心掛けていました。

 また良い成績を残すことよりも生き生き楽しくプレーしてほしいと思っていました。どうしても上手な子とそうでない子で差が出てきますが、試合には全員出場して誰かがミスしても励まし合うことを大切にしていました。

 チームメートも父母も仲が良く、雅貴たちは楽しみながらプレーをしていたので一度も辞めるとは言いませんでした。