徳川幕府時代、秋田藩江戸屋敷で幼い藩主を支えた岡本元朝という家老が記した「岡本元朝日記」が注目を集めている。秋田県公文書館が編さんし、今春「第六巻」が刊行された▼国際日本文化研究センターの磯田道史准教授が著書「天災から日本史を読みなおす」で日記を高く評価している。1707(宝永4)年の富士山大噴火の時、江戸の様子が詳細に記述されているからだ▼宝永噴火は旧暦11月23日に発生した。噴火当日の文面は「降始ハ午ノ中刻比(正午)よりふり候由、昼過より暗候て暮近ク之ことくニて候、めつらしき事ニて候」。火山灰で闇に溶ける江戸市中。人々の不安な息づかいを感じる▼降灰は繰り返し記述されるが、12月4日に「亥ノ中刻(午後10時)、砂晴候て夜よし」とある。ただ屋根に積もった灰が風に巻き上げられ、12月7日に「世間ほこり立候て目へ入ことごとく難儀いたし」とある▼折しも今春、政府の中央防災会議作業部会が富士山の大規模噴火に伴う首都圏の火山灰の被害想定を初めて公表した。鉄道のまひ、配電設備の不具合による停電などインフラが機能不全に陥る危険性がある▼日記でマスクやゴーグルの重要性が改めて予見できる。日々の営みを丁寧にすくい上げ、後世に残した意義は大きい。一家老の日記を現代への警告と捉えたい。