野球が大好きだった下妻圭太君

ジグソーパズルを手に笑う関口美花さん

野球が大好きだった下妻圭太君 ジグソーパズルを手に笑う関口美花さん

 人生の岐路を迎え、それぞれの道を歩むはずだった-。2011年4月の鹿沼6児童死亡事故は18日、発生から9年がたった。わが子を奪われた父母は、見ることができなかった成長に思いをはせる。事故当時、鹿沼市北押原小4年生で9歳だった下妻圭太(しもつまけいた)君と関口美花(せきぐちみか)さん。今春、高校卒業の年だった。春は事故以来、父母にとってはつらく、やりきれない季節。父母がわが子と過ごした9年間より、会えなくなった時間の方が長くなろうとしている。

 俊足巧打の野球少年だった圭太君。物心がつくころから、野球が大好きだった。「プロ野球か社会人野球、大学の野球部かな」。父信市(しんいち)さん(56)は思いを巡らす。母陽子(ようこ)さん(50)はすかさず、「ドラフト会議で指名されてプロ入りしていた。親ばかだけどそれしかないです」

 クレーン車事故が未来を絶った。「いろいろな希望、選択肢があった。親としては成長を見たかった」と信市さんはつぶやく。

 陽子さんは率直な思いを口にする。「圭太が生きてきた9年より、いなくなってからの方が長くなってしまう。それがつらいです」

 事故後に授かった圭太君の妹の陽菜(ひな)ちゃんは5歳になった。「成長を見守っていかないと」と信市さん。悲しみはずっと変わらない。ただ、陽菜ちゃんは、夫婦の背中を強く押す存在だ。

 「4月は一番嫌いな月」。美花さんの母博子(ひろこ)さん(43)は毎年そう思う。一人娘を奪った9年前の4月18日の朝。「私も美花と一緒に登校していれば助けられたかも」「一緒に死んでしまえばよかった」。そうした思いが消えない。

 事故現場を通ることは今もできず、必ず遠回りして避ける。自分がおかしくなってしまうのではとの不安がよぎる。

 美花さんがどんな風に今春を迎えていたか。「9歳で止まったまま。想像がつかないです」

 事故が人生を一変させた。「毎日、何で生きているんだろう、何のために働いているんだろうと思う。美花のいないこの世界に生きているのがつらい」。自分なりに楽しみを見つけてもいる。ただ、美花さんに会いたいという気持ちは年々、強くなる。

 <鹿沼6児童死亡事故> 鹿沼市樅山町の国道293号で2011年4月18日朝、登校中の児童6人がクレーン車にはねられ、死亡した。運転手の男が服薬を怠ったてんかん発作が事故原因だったとして、自動車運転過失致死罪(当時)上限の懲役7年の判決が確定した。遺族は運転免許の不正取得を防ぐ制度改正や悪質運転の厳罰化を求め、約20万人分の署名を国に提出。道交法が改正され、自動車運転処罰法が成立した。