前回東京五輪の聖火リレーが本県入りしたのは1964年9月30日。翌日の小紙1面は、記事部分のほぼ半分を使ってその様子を伝えた。縦長の大きな写真が目を引く▼県内を北から南へ3日間で縦断し、宇都宮入りした2日目の70万人など、126万人が沿道から声援したことが記されている。当時の県人口は153万人余だから、熱狂ぶりがうかがえる▼今回の東京五輪は1年程度の延期が決まり、聖火リレーも先送りとなった。「3・29」に照準を合わせていた本県ランナー、関係者の落胆、戸惑いは察するに余りある▼それでも車両での巡回、無走者という中途半端な形の回避は評価されるだろう。リレーは国内全体に五輪への関心と期待を高めるのが目的。それは聖火を持つランナーと、沿道から声援する大勢の人々との一体感により醸成されるものだからだ▼仕切り直しのリレーも1年後くらいになるだろう。今回エントリーしていた県内走者は、諦めることなく改めて挑戦してほしい。そして56年前の興奮と感動を全県で再現する主役となってもらいたい▼一方、長い五輪の歴史の中で延期は初めての事態である。1年後に新型コロナ問題が片付いている保証はなく、新たな課題も浮上する。単に時計を1年、逆戻りさせればいいという話では済まない。怠りない準備が必要だ。