中粟野の菅沼公民館近くに立つ丁石などの道標と説明板

 【鹿沼】地域の夢実現事業として取り組んでいた入粟野の賀蘇山(がそやま)神社への道標となる江戸時代の「丁石(ちょういし)」が再整備され説明板が完成した。粟野小の児童が道標に疑問を持ち、調べ始めたのがきっかけで「ふるさと再発見」をスローガンに粟野地区自治会協議会が全57本とされる丁石のうち現存する10本を再整備、そのうちの1本「十一丁目」には「寛政五年」(1793年)と刻銘してある。残りの丁石も引き続き探すという。

 「これ、何のためにあるの」。中粟野の菅沼公民館近くに建て直された古い道標を見て、粟野小の3年生が疑問に思った。2年前の夏休み、社会科自由研究として児童は仲間2人と他の道標を探し始めた。

 賀蘇山神社は古くから尾鑿山(おざくさん)と呼ばれ、江戸期も関東一円から講者が参詣。丁石が整備された。1丁は109メートルで同神社によると「57本設置した」と記した古い書物があるという。

 当時道路脇にあった丁石は、道路の拡張や土地改良などの影響で道路から離れた畑に立っていたり、倒れていたり、埋もれていたりした。再確認、発見できたものは高さ20~62センチの10本。