一方通行の通り沿いに飲食店が点在する百目鬼通り。「通りの由来を書いた銅板もあります」と笹沼さん

市が発行している道路愛称マップ

江戸時代の石蔵などが残る石町通り

一方通行の通り沿いに飲食店が点在する百目鬼通り。「通りの由来を書いた銅板もあります」と笹沼さん 市が発行している道路愛称マップ 江戸時代の石蔵などが残る石町通り

 オリオン通りやユニオン通り、もみじ通り…。街なかを歩いていると、本当にたくさんの通りに出会います。「一体いくつあるの?!」と気になって仕方がない、まちなか記者。早速取材を敢行、目指せ! 「通りの達人」

 まず訪ねたのは市道路管理課。「道路愛称事業として道路に愛称を付けています。市制90周年記念事業の一環で、1986年から制定を始め、3年後には125カ所の道路に愛称ができました」と秋谷直紀(あきやなおき)さん(27)。へ~、市の事業として積極的にネーミングをしていたんですね。

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 対象の道路は市道や県道などの公道で、愛称の基準は「親しみやすく覚えやすい」「地域の風土や歴史に由来がある」など。古くから地域で親しまれていた通り名が採用されただけでなく、新たに命名された通りもあるのだそう。

 実は地域の要望でも制定が可能で、春には宇都宮大工学部近くに「陽東さくら通り」が誕生したばかり。現在、172カ所にまで増えているんですって。同課は「道路愛称マップ」も発行。市全域の通り名が網羅されていて、通り巡りにお薦めですよ。

 もらったマップを眺めていると、街なかで気になる二つの通りを発見。まずは一番町から三番町沿いにある「石町通り」(340メートル)。老舗の青源味噌(みそ)や人気のカフェギャラリー「柚(ゆず)」など大谷石を使った建物が目に付きます。この通りの呼び方、「こくちょう」通りだって知ってましたか?

 石町の石は米を数える単位、一石、二石の「こく」のこと。市文化課によると、石町は戦国の永禄年間(1558~70年)に穀物の専売が認められ、江戸時代には売買に大きな力を持っていた町人町でした。

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 「通りのことは通りの人に聞けば分かる」とばかりに、1625(寛永2)年創業の青源味噌(三番町)へ。「江戸時代、通りには米屋がずらりと並んでいたそうです」。20代目で会長の青木直樹(あおきなおき)さん(68)が教えてくれました。

 同店の創業時は米屋で、みそを専業とするようになったのは明治以降。「家に伝わる文書には、『石町は米を扱っている功績で減免する』という記載があります。当時繁盛していたという宇都宮の中でも、石町は象徴的な存在だったのかもしれません」。そう語る表情には、通りへの誇りと愛着がにじんでいました。

 続いては県庁近くにある「百目鬼(どうめき)通り」(240メートル)。一方通行の小路で、そばやフレンチ、居酒屋などが点在。少し怖い名前ですが、百目鬼って何?!

 「平安時代、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)が退治した100匹の鬼の頭目の民話が知られていますね。他にも、山賊たちの目が鬼の目のように見えたなど諸説があり、どれが正しいかは謎です」と地元の塙田百目鬼町自治会長笹沼正(ささぬまただし)さん(68)。 現在、通りはコインパーキングが増えていますが、「駐車場だった場所も以前は居酒屋。小さい店がびっしり並び、夜のにぎわいはすごかった」と回想。今でも、祭りでは自治会の「百目鬼」の名前が入った法被が人気で、みこしを担ぎたいという町外の希望者も多いのだとか。百目鬼の名は今も宮っ子に親しまれているようです。