復興食堂で157回の支援活動を振り返る桶田専務=9日午後、鹿沼市

最後の支援物資を手にする飛行船のメンバーら=2月25日午後、鹿沼市(飛行船提供)

復興食堂で157回の支援活動を振り返る桶田専務=9日午後、鹿沼市 最後の支援物資を手にする飛行船のメンバーら=2月25日午後、鹿沼市(飛行船提供)

 11日で発生から9年となった東日本大震災で、被災地への物資支援活動を続けてきた宇都宮市のリサイクル会社「飛行船」が2月末、その活動を終えた。ワゴン車に野菜や肉などを満載した支援便を岩手県釜石市や大槌町に送り届け、心の復興にも寄り添ってきた。昨年10月の台風19号で本県も大きな被害を受けたことなどから、157回目の支援便を最終とした。区切りを迎えたものの、桶田博信(おけだひろのぶ)専務(41)は活動を振り返りながら「今後も新たな形で支援を続ける」と誓っている。

 支援活動のきっかけは、震災直後に桶田専務が釜石市の友人から受けた電話だった。「自転車が欲しい」。同市内はがれきが道をふさぐため、避難所などを回って食料を配るには自転車が便利だったという。

 第1便が出発したのは2011年3月30日。自社農園で収穫した野菜や寄付などによる物資をワゴン車に積み込み、避難所に届けた。涙して感謝する被災者の姿に「顔と顔の見える交流の大切さ」を深く感じた。

 その後も週1回や月1回、避難所など約20カ所を巡り、支援を続けてきた。いつしか現地に物資の仕分けや提供などを手伝うボランティアも組織され、桶田専務は「家族のような強い絆ができた」と力を込める。