パソコンを開くたび、行事の延期・中止を知らせるメールが舞い込んでくる。新型コロナウイルス感染防止のための自粛対応が一気に広がっている。早い終息を願う大きな理由として意識するのは当然、夏の東京五輪・パラリンピックだ▼準備通りの開催ができるかどうかの懸念が膨らむ中、前回五輪の街の様子を確認したいと思い、書棚から古い本を引っ張り出した。作家開高健の「ずばり東京」である▼芥川賞を受けた後、小説に行き詰まり苦しむ開高に、先輩作家がルポの執筆を勧めた。開高は週刊誌の連載を引き受けて1960年代前半の首都を歩き回り、事実は事実として伝えながらも、思いつくかぎりの「変奏と飛躍の曲芸」の文体に取り組んだ▼「空も水も詩もない日本橋」「これが深夜喫茶だ」「“戦後”がよどむ上野駅」「師走の風の中の屋台」。こんな目次が続く▼子どもの作文風あり、日記風あり、独白体ありの多様なスタイル。「あらゆる分野がてんやわんやの狂騒」だった過渡期の東京の諸相がにおいや色彩を伴って描き出され、底辺に生きる人々の息づかいも感じさせる▼後世に残すのは五輪の感動だけでは足りない。再読し痛感した。五感を駆使し、鳥の目と虫の目で首都や社会の動きを見た開高は、表層から底流まで、闇を含んだ時代の空気を言葉にした。