足利学校を創建したとされる平安貴族小野篁(おののたかむら)。昼は朝廷に勤め、夜は井戸を通って異界に降り、死者の生前の罪を裁く閻魔大王(えんまだいおう)を補佐していたとの奇怪な伝説が残る▼足利市井草町の利性院には、高さ2メートルの立派なえんま様が鎮座する。足利学校に近く、それこそ篁が井戸を伝ってやって来そうだ。狭い路地を入るため、市民でさえ見たことのない人は多い▼1月16日は、地獄の釜のふたが開き、えんま様も仕事を休むという「やぶ入り」だった。地域の宝を知ってほしいと、毎年大祭を営む井草町自治会が始めた前夜祭は、今年で8回を数えた▼同市月谷町の郷土史家中島太郎(なかじまたろう)さん(56)が毎回、えんま様にまつわる話を披露し、市外から訪れる人も増えた。今回の演題は「井戸とトイレは地獄のゲートウェイ」。昔は、深く底の見えない「かわや」もあの世に通じていると思われていた▼もっとも、洋式トイレに慣れた子どもたちにはイメージが湧かないか。かつてやぶ入りの日は、里に帰るのを許された奉公人がえんま様を詣で、縁日も開かれたが、知る人も少なくなった▼郷土の歴史や記憶が詰まった伝統行事が各地で消滅の危機にひんしている。井草町の試みは、会員たちが楽しみながらそんな波にあらがっているように見えた。えんま様は頑張っている姿をよく見ているはずだ。