作品に込めた思いなどを話す柿沼さん=6日、東京都現代美術館

 東京五輪・パラリンピックの公式アートポスターの制作者として、作品「開」を発表した栃木県矢板市出身の書家柿沼康二(かきぬまこうじ)さん(49)。何万もの漢字、無限の言葉の中からたどり着いたという「開」に込めた思いや制作エピソードなどを聞いた。

 -東京五輪・パラリンピックを国内外に発信する現代アーティスト19組の一人として重責を担った。

 「NHK大河ドラマの題字や存命書家として初めて現代美術館で開いた金沢21世紀美術館の個展などに続く、大きな制作だった。招致が決まったころは日本のテクノロジーばかりが前面に押し出され、伝統や文化芸術はどう扱われるのか少し心配なところがあったので、『書は芸術か、己はアーティストたるか』という自分の命題を証明できて素直にうれしく思う半面、ただならぬ責任も感じた」

 -「開」という文字はすぐに決まったのか。

 「縦形式という制限があり、当初から漢字1字書にしようとは考えていた。表意文字である漢字は、1文字でも見る人の感性によって文章に負けない物語性を持つ。何をモチーフにするか1カ月くらい葛藤(かっとう)し、篩(ふる)いにかけて残ったのが『開』だった」

 -どんな意味が込められているのか。

 「ニーチェや岡本太郎(おかもとたろう)も同じことを言っていたような気がするが、開くというのは、前向きに受け入れるということ。大会を支える私たち一人一人が可能性に向かって大きく心を開き、この平和の祭典を未来に継承できることを願い、選手の活躍を祈った。『ひらけ!ひらけ!…』と自分自身が完全に開ききるまで筆を紙にたたき込んだ」

 -画面いっぱいに文字が躍動し、黒と白の世界が豊かな表情を見せる作品だ。

 「色は黒ではなく抽象性を伝えやすいにじみを利かせた青墨を考えていた。非常に体調が悪い時に描いた作品だが、始まってたった2枚目でかなりの手応えを感じた。なぜか音楽はPuffyで、♪カニ食べ行こ~って作品の前でしばらく踊ってた。最終的に何百枚も、体調を整えリトライしたが、その2枚目を超えるものは生まれなかった。奇跡の一瞬がそこにあったのだと思う」

 -思い通りの表現ができたということか。

 「世紀のイベントとかレガシーとか、できるだけ意識せず、いつも通りの表現をしたかった。変に考えすぎず、直球で勝負する書が自分の真骨頂。アスリート書家、ロックする書家としていつものまま。ただ情報守秘から昨年12月に他界した書家である父(柿沼翠流(すいりゅう)氏)に、見せることも話すこともできなかったことは非常に残念だった」

 -新しい時代を迎え、次のステージへの意気込みなどを教えてほしい。

 「3千年以上の歴史を持つ書は、日本文化芸術の大きな柱の一つ。その書の歴史を探究し、現代を生きる書の模索と発表を続けてきた。現在の自分は、“守破離”という概念のまだ“破”。業界から離れ、唯一無二の自分の世界を構築することが次の課題だ。その結果、もし自分の作品が“書”ではないと言われたり、作品が立体になったり、活動拠点が海外になってしまったとしても、平気でいられる勇気を持つことだと思っている。この先10年くらいかけてやっていきたい」

 柿沼康二 東京学芸大卒。2013~14年、金沢21世紀美術館で大規模個展。NHK大河ドラマ「風林火山」、北野武(きたのたけし)監督作品「アキレスと亀」など題字揮毫(きごう)。手島右卿賞、毎日書道展毎日賞他受賞。米メトロポリタン美術館他、世界各国でパフォーマンス・展示を開催。