高校3年間を本県で学び、ラグビーワールドカップ日本大会で8強入りした日本代表の田村優(たむらゆう)さん(30)。自身もラグビー選手、監督として活躍し、同大会組織委員会スタッフを務める父田村誠(まこと)さん(58)に子育てを振り返ってもらった。

ラグビーワールドカップで活躍した田村優さん=9月20日、東京・味の素スタジアム

 優という名前は私が付けました。当時私は現役選手で、将来何かスポーツで決勝の場に来られるような子になってほしい、優しい子になってほしいと、生まれる前に男女どちらでもいいように「ゆう」という読み方に決めました。

 でも初めての子育てに必死で、スポーツをやらせたいという考えは徐々になくなっていきました。「ラグビーをやったら」と言ったことはありませんし、特別なこともしていません。

 1歳過ぎに親子でやったのは、小さなラグビーボールでキックし合う遊びです。近所には子どもが多く、子ども同士で遊んでいました。2歳前には近所のお兄ちゃんたちの見よう見まねで、補助輪なし自転車に乗っていました。

 4歳の頃、サッカーのJリーグが始まりました。周りでもサッカーをする子が多く、優も「やりたい」と言ってサッカーを始めました。スイミングもベビーから小学6年まで通っていました。のみ込みが早く、運動能力の全体バランスはよかったですが、弟の煕(ひかる)(現・サントリーサンゴリアス所属のラグビー選手)の方がすごかったです。

 

弟の煕さん(中央)の七五三で。左が優さん、右が誠さん=1998年

 礼儀など厳しくしつけましたが、自分も未熟だったので機嫌で怒ったことも。優は叱られてもあっけらかんとして自分の意見を言う元気な子でした。私は、子どもには限界があるので親がある程度ヒントや条件を出してあげるのがいいという考えで子育てをしました。でも、最後は自分で決めさせます。

 優はサッカーやラグビーの試合をテレビやビデオでよく見ていました。そして人をどう動かすか考えていました。スペースに走ったり、パスしたり、味方を使うのがうまかった。これは今に生きているかもしれないですね。サッカーは上手でしたが、自分よりうまい人がおり、それより上に行く姿が見えず悩んだようです。高校ではラグビーをやると優が決めました。

 小さい頃はいろんなスポーツをやるといいと思います。野球のキャッチボールやフライを取る練習は、他のスポーツに生かせます。球速が速いですし、感覚で投げて取る意識が身に付きます。フライを取る練習は予測する習慣が付きます。

 ラグビーに携わる者として、先日のワールドカップで多くの子どもたちがラグビーに興味を持ち、うれしいです。体の大きさや足の速さなど関係なく、どんな子でもできるのがラグビーの魅力です。