釜川の2層構造が始まる西田橋下流=22日午後、宇都宮市下戸祭2丁目

釜川の2層構造を説明する案内図=22日午後、宇都宮市二荒町

「暴れ川」と呼ばれていた頃の釜川=1982年8月3日、宇都宮市泉町(宇都宮市提供

「暴れ川」と呼ばれていた頃の釜川=1982年8月3日、宇都宮市本町(宇都宮市提供)

釜川2層構造の仕組み

釜川の2層構造が始まる西田橋下流=22日午後、宇都宮市下戸祭2丁目 釜川の2層構造を説明する案内図=22日午後、宇都宮市二荒町 「暴れ川」と呼ばれていた頃の釜川=1982年8月3日、宇都宮市泉町(宇都宮市提供 「暴れ川」と呼ばれていた頃の釜川=1982年8月3日、宇都宮市本町(宇都宮市提供) 釜川2層構造の仕組み

 台風19号の記録的豪雨は県内でも多くの河川で堤防の決壊などを招いたが、宇都宮市の市街地を流れる1級河川の釜川は氾濫しなかった。かつて洪水を繰り返し「暴れ川」とも呼ばれた釜川は、地下に治水専門の水路を備える全国初の2層構造や、近くの田川(1級河川)への放水路の整備などの大規模改修を実施し、1992年に生まれ変わった。県は「流下能力が大幅に上がり、記録的豪雨に耐えられた可能性がある」とみている。

 宇都宮市河川課によると、同市野沢町が源流の釜川は延長約7・3キロで、市街地を流れ同市天神2丁目で田川と合流する。70年代以降は田畑の急速な宅地化などで川へ流れ込む水量が増え、洪水が頻発した。

 釜川近くのオリオン通りで洋品店を営む広瀬一郎(ひろせいちろう)さん(66)は「車は流され、バーの店内にあったボトルは浸水した道路に、何本もぷかぷかと浮かんでいた」と当時を振り返る。

 県や市などによる大規模改修工事は74年度から始まった。洪水時に上流域(流域面積約5平方キロメートル)の水を田川に流す釜川放水路とバイパス下水道を、競輪場通りと県庁前通りの地下にそれぞれ整備。市中心部を流れる約1・9キロの区間は親水空間としての上段と、治水専門の下段に分ける2層構造に改修した。

 2層構造は、上段の水位が一定量を超えると、地下トンネルのような下段に流れ込む仕組み。ビルや住宅が並び、川幅が広げられないことから、議論の末に生まれたアイデアだったという。

 1時間に70・3ミリの豪雨に耐えられるよう整備され、同課は「安全性は格段に高まった」と評価する。国土交通省によると、2層構造は釜川以降、都市型河川のモデルとして全国に広まった。

 一方、台風19号で釜川と同様に市中心部を流れる田川は氾濫した。地域住民からは「釜川から流れ込む水で、田川の負担が増したからではないか」との声も上がる。県河川課は、田川が氾濫した要因には記録的豪雨を挙げて「釜川が改修された30年前と比べて1時間に50ミリの豪雨が降る頻度は1・4倍に増している」と指摘した。

 宇都宮大の池田裕一(いけだひろかず)教授(河川工学)は、釜川が氾濫しなかった一因に流域面積を挙げる。日光市に源流がある田川が245・8平方キロメートルに対し、釜川は40分の1の6・4平方キロメートル。「雨水を集める地域の面積(流域面積)の小ささも幸いしたのではないか」と分析した。