「人生会議」という耳慣れない言葉がある。人生の最期をどこで誰と迎えるか-。自らの意思をあらかじめ周囲に伝え理解してもらう取り組みを指す▼住み慣れた家やグループホームなどでの施設で、医療や介護を受ける在宅療養。病院での療養と比べ自由に過ごすことができ、費用も安いなどのメリットがあることから、普及を目指す厚生労働省が昨年、愛称を募り命名した▼宇都宮市の調査によると、6割の市民が「できれば住み慣れた所で暮らし続けたい」と在宅療養を希望するが、実際は8割近くが医療機関で亡くなっている現実がある。そのギャップを埋めるための手段が人生会議なのである▼この会議の意義を知ってもらうための同市主催の市民公開講座があった。5年前に75歳でがんで亡くなった男性のケースを取り上げ、自宅で最期をみとった長女と療養を支えた在宅医、訪問看護師らが具体例を挙げながら話を進めた▼男性の生前の望みは湯船に入りたい、苦しく痛いのはいやだ、妻のそばにいたい。長女は「つらいことは数多くあったが、自宅で死を迎えるのは自然なこと。よかったと思う」と締めくくった▼「死のない生とは何か?死がなければ生を重んじる者はないだろう」。スイス人作家ボスハルトの格言だ。男性と家族の体験はまさにこの言葉の実証だろう。