日本一のチームで捕手として活躍する高谷裕亮選手 (C)SoftBank HAWKS

福岡ソフトバンクホークスの捕手として活躍している小山市出身のプロ野球選手高谷裕亮(たかやひろあき)さん(37)。社会人野球でプロを目指すもけがで挫折を味わい、家業を手伝いながら進学、25歳でプロ入りした異色の経歴を持つ裕亮さんを育てた父守(まもる)さん(70)と母伊豆美(いずみ)さん(67)に子育てを振り返ってもらった。

伊豆美さん 裕亮は3人きょうだいの真ん中で、兄と妹がいます。病気もせず、よく食べる子でした。お米が体を作ると考え、お米中心の食事でした。太り過ぎの時期もありましたが。

守さん 子どもの頃はずば抜けて運動神経がいいわけでもなく、普通でした。わが家は造園業を営んでいますが、やりたいことがあればやらせてあげたいと、口出しはしませんでした。嫌いなことは長続きせず、親に何か言われると子どもは「親に言われたから」と言い訳するようになるからです。

高谷守さん
高谷伊豆美さん

 

 伊豆美さん 自然豊かな環境で、悪いことをしなければ叱りませんでした。車が好きで、リヤカーに乗って遊んだり、家のパワーショベルの運転席に乗せたりすると喜んでました。

 祖父母が同居していたので独りになることはなく、食事は手作り。祖母の作るジャガイモのフライや煮物、けんちん汁が好きでした。大家族は大変な面もありますが、いい面もあります。子どもには逃げ場があり、高齢者を大切にします。

 習い事は幼稚園年中からヤマハ音楽教室に入れました。周りの子たちもやっていたのでうちも、という流れでした。自分から練習する子でした。小学5年生の時の発表会で兄と連弾するのを見て、「兄弟っていいな」と感激しました。

 そろばんは小学3年生の時に算数が難しくなったので習い始めました。ある程度できるようになったところでやめました。

カレーライスを食べる3歳ごろの裕亮さん

 守さん ピアノもそろばんも指先を動かすので、脳の働きにいいのではないでしょうか。指先をたくさん使ったことは、野球に生かせているかもしれないです。野球は小学2年生で、兄が入っていた「雨ケ谷学童」に入って始めました。

 

 伊豆美さん 当時はサッカーをやる子が多く、裕亮もサッカーをやりたいとスパイクを買いました。でも、兄の野球用具を買いについて行ったら、野球をやりたくなってしまったんです。また気が変わるかもしれないと、サッカーの白いスパイクをペンで黒く染めて、野球のスパイクに見せかけて練習に行くようになりました。それからは野球一筋の人生が始まりました。