田川沿いに積まれた大量の災害ごみと、被災した家の片付けを手伝うボランティアら=18日午前、宇都宮市千波町

田川沿いに積まれた大量の災害ごみと、被災した家の片付けを手伝うボランティアら=18日午前、宇都宮市千波町

田川沿いに積まれた大量の災害ごみを収集車に運ぶ宇都宮市職員=18日午後、宇都宮市東塙田1丁目

田川沿いに積まれた大量の災害ごみを収集車に運ぶ宇都宮市職員=18日午後、宇都宮市東塙田1丁目

田川沿いに積まれた大量の災害ごみと、被災した家の片付けを手伝うボランティアら=18日午前、宇都宮市千波町 田川沿いに積まれた大量の災害ごみと、被災した家の片付けを手伝うボランティアら=18日午前、宇都宮市千波町 田川沿いに積まれた大量の災害ごみを収集車に運ぶ宇都宮市職員=18日午後、宇都宮市東塙田1丁目 田川沿いに積まれた大量の災害ごみを収集車に運ぶ宇都宮市職員=18日午後、宇都宮市東塙田1丁目

 台風19号で氾濫した田川の濁流は、多くの店舗や住宅が集まる宇都宮市中心部の姿も一変させた。道路脇に災害ごみとなって積まれた泥だらけの冷蔵庫、商品棚、テレビ…。復旧作業は、台風が本県に直撃してから6日となった18日も続き、商店主や住民らは「いつまでかかるのか」と疲労の色を濃くしている。

 「廃業を覚悟した」。同市大通り5丁目、松崎屋製麺所の蕪木陸(かぶらぎりく)代表(45)は同日午前、濁流に襲われた工場内の清掃に汗を流しながら、爪痕の大きさを語った。

 蕪木代表が「製麺所の命」と語る製麺機5台は、モーターが水没して動かなくなった。床は一面、泥まみれ。業務用の冷蔵庫内にあった中華麺は全て処分した。1946年創業の伝統が途絶えることも頭をよぎったという。

 店先で販売する焼きそばなども人気で、常連客の「また食べたい」という励ましや、仲間の若手商店主の支えもあり、営業再開へ一歩ずつ復旧作業を進める。だが「どこまで元通りに営業できるか」との不安は消えない。

 田川沿いの道路は今もごみが山のように積まれている。車が通ると、土ぼこりが舞い、油やかびが入り交じったような臭いが漂う。

 「家が直るまでいつまでかかるのか。2カ月か、3カ月か」。目の前を田川が流れる同市千波町、会社員神山和彦(かみやまかずひこ)さん(58)は、変わり果てた2階建ての自宅を見上げた。

 12日夜、川の水位が見る見る上がり、近くの排水路からは水があふれていた。隣に住む両親は足腰が弱い。「行きたくない」と言うのを「死んじゃうよ」と説得し家族5人で、離れた次男の家に車で逃げた。

 13日未明、被害を確認すると、1階は「洗濯機で回したように」あらゆるものが泥と汚水にまみれていた。今は何とか2階で寝ているが、眠れない日が続く。清掃、消毒、補修。生活再建への道筋は見えない。

 宮の橋の西側、小袋町自治会の松本和彦(まつもとかずひこ)さん(73)=同市大通り3丁目=は台風が近づく中、子ども時代に父から「田川が氾濫し死者が11人出た」と繰り返し聞かされた、47年の「カスリーン台風」の記憶を思い出した。「ここは危険だ」と直感し、周辺住民に避難を求めたという。ごみが散乱した川沿いを見つめ「今回の台風も教訓として語り継ぐ必要がある」との思いを強くしている。