早稲田大3年時に、筑波大との対抗戦でプレーする津布久さん(中央)。この試合中に左膝靱帯断裂の大けがを負った=1981年11月、東京・秩父宮ラグビー場(本人提供)

ラグビー日本代表の躍進を期待する津布久さん=9月上旬、山口県内

早稲田大3年時に、筑波大との対抗戦でプレーする津布久さん(中央)。この試合中に左膝靱帯断裂の大けがを負った=1981年11月、東京・秩父宮ラグビー場(本人提供) ラグビー日本代表の躍進を期待する津布久さん=9月上旬、山口県内

 手が届きそうだったラグビー日本代表に特別な思いを寄せる人がいる。佐野市出身の津布久誠(つぶくまこと)さん(58)。早稲田大ラグビー部時代に活躍し代表入りを確実視されるも、大けがで表舞台から姿を消した悲運のフルバック(FB)だ。今は山口県で後進の育成に励んでおり、20日開幕のワールドカップ(W杯)に臨む代表に「日本を盛り上げて」とエールを送る。

 津布久さんは佐野高で競技を始め、同校を初の全国大会(花園)出場に導いた。強烈なタックルやキック力を買われ、1979年に入学した早大でも1年からレギュラー入り。同級生で代表入りした本城和彦(ほんじょうかずひこ)さん、吉野俊郎(よしのとしろう)さんと「早稲田三羽がらす」と並び称され、将来を嘱望された。

 しかし20歳だった3年生の秋、試合中に受けたタックルで左膝の靱帯(じんたい)を断裂。手術まで時間を要したこともあって完治せず「元通りのプレーは難しくなった」。実業団でも数試合の出場にとどまり、27歳で現役引退した。

 代表の桜のジャージーを見ると今も、憧れと悔しさが交錯するという。「遠い存在ではなく、身近な人の多くが袖を通した。一度でいいから着たかった」