書き上げられた歌詞の美しい墨字を持つ中村豊さん(左)と強さん

 【茂木】民俗学者で歌人の折口信夫(おりくちしのぶ)(釈迢空(しゃくちょうくう)=1887~1953年)が作詞した茂木高の校歌が、同校の守り神のような神社の境内で歌碑となり9月8日、除幕される。同校前で育った今年99歳になる男性が「町に恩返しを」と願い、息子が設置に力を尽くした。碑文を書き上げた男性は「胸いっぱい。感無量」と喜び、息子は「親孝行になった」と満足げだ。

 茂木、中村豊(なかむらゆたか)さん(98)は9月7日で満99歳。数え100歳(百寿)の長寿で、「100歳を機に町に恩返しを」と考えたという。父の思いを受け、次男の強(つよし)さん(65)が、豊さんが生まれ育った商家近くの小倉山の北麓にあり、遊び場でもあった御嶽神社の境内に歌碑を奉納することを提案した。

 茂木高は神社参道の正面にある。生徒は小倉山をトレーニングに使い、試合の必勝祈願や合格祈願で神社に詣でる。中村さんの親族の多くも母校とし、子ども時代に病弱だった豊さんには「長命は御嶽神社のご加護のおかげ」という思いがある。小倉山一帯を「小倉山御嶽里山楽園」として私財で整備した、町内の篤志家を応援したいという強い思いもあった。碑の建立へ向け、強さんは同神社の総代や氏子町、宮司、同校、同窓会などに趣旨を説明し、理解を得た。

 同校「七○年史」によると、戦前からの校歌を改めようと、つてを頼り1951年に折口信夫に作詞を依頼、折口が同校を訪ね町内を視察して歌詞を書いた。歌詞に校名はなく、「国境に よき里ありて、山高く、川遠じろし。」と町の風土をたたえ、活気ある町民の暮らしを格調高く詠んだ「土地ぼめ」の歌となっている。

 強さんにとっても「卒業生の兄(故人)が『いい歌だ』とよく聞かせてくれた」という思い出の歌だ。下書きの墨字は、豊さんが約1カ月かけ何十枚も書いて仕上げた。同校の大山優(おおやまゆたか)校長は「地域に根差した学校として、また地域の皆さんにお世話になることは意義深い」と話す。除幕式では、同校音楽部の生徒が校歌を演奏して碑の完成を祝う。